発表年:1935年
作者:ジョージェット・ヘイヤー
シリーズ:ハナサイド警視1
作者ジョージェット・ヘイヤーが、ロマンス小説の大家ということで、かなり構えて読み始めましたが、なかなか型にしっかりハマった本格ものになっていました。
それに、そこまでロマンス一色ではなく、恋愛要素自体がミスリードとしても機能しているのも好感が持てます。
さらに、帯に書かれた、巨匠ドロシー・L・セイヤーズの絶賛の言葉が興味をそそりました。
ヘイヤー女史の生み出す人物たちの会話は、常に変わらぬ愉しみを与えてくれる……これほど文句なしに惚れこめる人々にはまずお目にかかれない。
大絶賛ですね。
タイトルの良い感じの語呂からも予想できるように、事件の発端が魅力的なのであらすじは省略します。
文字通り、紳士アンド月夜アンド晒し台(刑罰・拷問具の一種)な発端は良さげです。発端はね…
その後比較的早い段階で、シリーズ探偵であるスコットランド・ヤードのハナサイド警視が登場するのですが、ここらへんは作者のミステリ作家としての経験の少なさを感じます。もちろん人間味はあってキャラクターとしては成立しているんですが、いち警察官としてはある程度有能ではあっても、素人に近づきすぎです。警察官と容疑者たちの境界線って言うんでしょうか、それがかなり曖昧すぎるのは気になります。※ちなみに推理小説の筋はヘイヤー女史の夫が作っていたようです。
続いては、作者十八番のロマンス描写について。
恋愛要素って、ミステリにおいては、けっこうな確率で殺人の動機になるじゃないですか。なので、もし私がジョージェット・ヘイヤーの本を何冊か読んで本作にチャレンジしていたら、すんなり呑み込めたものが、変にミステリに抉れているせいで、勝手に深読みして混乱してしまいました。
もちろんこれだけ何組もカップルを用意したなら、ミステリに絡めない方がバカだとは思いますが、なかなかうまい具合に(しつこくない程度に)ミステリに組み込まれていると思います。
また、本書の特徴として挙げるとするなら、膨大・莫大・尋常じゃないほどの、騒々しく喧々たる、登場人物たちによる会話です。もう途中で、こいつらうるせー!!ってなります。
読み返してみて、会話じゃないところを探す方が苦労したくらいなので、異次元の物量なんだと思います。ただ、長すぎる会話が退屈じゃないのは、間違いなく本作の大きな美点です。
なのでそれこそ最終盤まで、高いリーダビリティ(言ってみたかった)でぐいぐい引っ張ってくれます。その勢いは、いざ犯人指摘!というその瞬間まで維持してくれるのですが…
奈落へと突き落とされるのはその後です。ちょっとビビらせすぎな気もしますが、期待値はそこそこに読むほうがいいかもしれません。
あと、少数派かもしれませんが、登場人物たちの関係性から推理する、というスタンスの読者の方には、登場人物の兼ね合いで、間違いなく続編『マシューズ家の毒』の前に本書を読むことをオススメします。
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。
原題(Death in the Stocks)からもわかるように、晒し台に囚われて死んだ紳士という発端が輝いている。
なぜ囚われたのか?何かの罪か?復讐か?よっぽどの憎悪が背景にあるのかもしれない。
お次は問題の容疑者たちだが多すぎる、多すぎるよヘイヤーさん。
トニー、ケネス、ロジャーの親族たちはもちろん、彼らとのロマンスを鎖に繋がっているジャイルズ、ヴァイオレット、ルドルフ、レスリーなど、登場人物全員が強固な動機を持っているのがややこしすぎる。
さらに全員がうっすいアリバイしかなく、誰もが犯行可能だったという緩さに腹が立つ。
これ、ちゃんと論理的に解決できるのか?
動機から推察するに、一番はお金だろうが、親族が直接手を下してしまっていてはミステリとしては及第点。も一つ簡単に捻ろうと思えば、彼らと親族関係になることを目論むジャイルズ、ヴァイオレット、ルドルフ、レスリーあたりを犯人にするのが面白い。
その中でも最有力は、ハナサイド警視にぐいぐい近づいてくる弁護士ジャイルズか。メインのヒロインであるトニーに思いを寄せる青年であり、トニーの婚約者ルドルフとの仲を離そうという意思がミエミエである。
もちろんヴァイオレットも抜け目なく、婚約者のケネスとの相性の悪さから考えても、かなり怪しい。
恋愛に関しては勝ち目のないレスリーあたりが犯人だったら間違いなく驚かされるが、彼女に関係する手がかりが少ないのは犯人としては弱い。
と本星が定まらないうちに第二の殺人が発生。
またもや、全てをケネスに被せようとする強固な意志が見える。ここまでくるとヴァイオレットが怪しく見えてくるが、一方でケネスを支えようとする献身的な婚約者にも見え、悩まされる。
ジャイルズが犯人なら、あからさまにルドルフにミスディレクションしてくるかと思いきやそんな動きは無い。
ここは思い切ってケネスに濡れ衣を被せ、ヴァイオレットともども遺産対象から外した後トニーとくっつく予定なのか…そうすればルドルフ以外に容疑者が集中して、トニーも目出度くルドルフと別れられるし、一石二鳥。
推理予想
ジャイルズ・キャリントン
結果
惨敗
何でしょうこの感じ、よくよく読み返すと、第二の殺人以降かなりヴァイオレットに視線が集中していましたが、過度なミスディレクションかと逆に騙されてしまいました。言い訳です。
犯人と探偵役との対峙シーン(頁300~)もなかなか読みごたえがありました(この時点で私はジャイルズが犯人だと思っていたのですが…)
読み返してみると、この箇所ではヴァイオレットの殺人者としての未熟さがよく表れています。
また、ヴァイオレットが好色家の被害者アーノルドの情婦、という伏線は序盤からちょくちょく挿入されていて推理できないこともないのですが、やはり問題点はなぜアーノルドを晒し台に括りつけたかでしょう。結局それさえも推定のままで終幕を迎えるのも腹立たしいところです。
タイトルにまで用いるくらい本書のモチーフだったのに、真実は不明、推定も根拠薄弱、とくれば最後の最後に本を投げ捨てたく気持ちもわかっていただけると思います。
ただ総じて面白くないか、と聞かれれば不思議と答えはNoです。ケネスのドぎついキャラクターも最後には反転して救いになっているように思えますし、その他多くのユーモア描写のおかげでとても楽しいミステリであることに変わりありません。
ロマンスミステリだと太鼓判を押せるわけではありませんが、恋愛小説家というポジションで果敢にもミステリに挑んだジョージェット・ヘイヤーの能力の高さは、この一作だけで十分味わえると思います。
気になるのはシリーズ探偵ハナサイド警視でしょうか。イイところをかっさられる間抜けっぷりは愛らしく、人間味も十分なのですが、やややり過ぎな気もします。
また、バディを組むヘミングウェイ警部も個性的なので是非シリーズ順に読みたいのですが、残念ながら邦訳されているのは全四長編のうち1、2、4のみ…
3を出してくれえい!3を。
気長に待つ間に続編『マシューズ家の毒』にもチャレンジしてみようと思います。
では!