世にも奇妙な短編集【感想】ドロシー・L・セイヤーズ『ピーター卿の事件簿』

発表年:1928~1938年(日本独自編纂)

作者:ドロシー・L・セイヤーズ

シリーズ:ピーター・ウィムジィ卿


   ちょっとねぇ本作は意表を突かれたというか、予想外だったというか、良い意味でしっかり裏切られた短編集でした。

   そもそも日本独自に編纂された短編集ということで、ピーター卿自身の年表どおりでないこともあって、シリーズ初心者にはなかなかオススメしにくい短編集。できればシリーズ長編の全作を読んでから挑戦してほしいところですが、なかなかの労力と時間を要するのも事実です。もし完全に地雷を避けたい読者がいれば、本短編内の『幽霊に憑かれた巡査』以外を読めばシリーズを楽しむうえでのネタバレ(それほど大それたもんじゃないですが)は避けることができます。

 

 

ではさっそく

各話感想

鏡の映像

   話の冒頭で、SF作家の大家でもあるH.G.ウェルズの作品名が登場します。四次元空間に迷い込んだ教師が戻ってきたときには、肉体の構造が左右入れ違っていたというSF話ですが、似たような経験をしたという男がピーター卿に相談を持ちかけるところから話は始まります。

   終始苦しいところはあるのですが、シリーズ経験者にとっては、セイヤーズはこういうのも書けるのか(書こうとしてたのか)と新鮮味を感じるでしょう。未体験の読者はサラリと読み流すのが吉です。

 

ピーター・ウィムジィ卿の奇怪な失踪

   ここらへんから、ぐんぐんピーター卿のエンジンがかかってきます。ピーター卿と言えば、浅羽氏の翻訳が有名ですが、訳者が違っても、ピーター卿シリーズ独特のユーモアや、センスのある小道具描写とキャラクター造形はしっかり表現されています。

   まるで悪魔に取りつかれたかのように変貌してしまったかつての美女をピーター卿は救えるのか。捜査は基本的に、明るく楽しい貴族の道楽ですが、最後はちゃんと愛ある締め括りで美しくまとめられています。決して非現実的でない題材も良いと思います。

 

盗まれた胃袋

   まず、タイトルが惹きつけられるし、用いられているネタも面白いです。犯人当て、というよりはジョークに重みが置かれた奇怪な事件が中心の作品。宝石店の老紳士などのサブキャラクターも存在感があります。

 

完全アリバイ

   どこかで聞いたことあるな?と思ったらジャック・フットレルの『思考機械の事件簿Ⅰ』でも『完全なアリバイ』というのがあってニヤリ。あちらは倒叙っぽい趣だったのに対し、こちらは本格派。とはいえアリバイものの多分に漏れず、作品全体の勢いは弱めです。なんといっても解決編が軽妙で楽しく、ピーター卿の遊び心を純粋に楽しめる一作です。

 

銅の指を持つ男の悲惨な話

   本短編集いち奇妙で悍ましい世界観で書かれた短編です。ただ意外にもピーター卿との相性も良く、ワトスン役や解決へのプロセスなども念入りに造り込まれた印象を受けます。

   トリックというかメインネタは使い古された感があっても、その用い方が秀逸です。江戸川乱歩が好きそうな作品。実際に似たものがある気がする…。

 

幽霊に憑かれた巡査

   事件のスケールの小ささだけがマイナスポイント。チョイ役のはずの巡査とのライトでウィットに富んだ会話も楽しめます。

   トリックに関しては、セイヤーズがどこかで聞きかじったものをそのまま当用したような軽さもあって、お世辞にも素晴らしいとは言えませんが、彼女の意気込みと意欲は十分伝わってきます。

 

不和の種、小さな村のメロドラマ

   作品のボリュームが中編クラスなので、締めを飾るに相応しい重厚な本格ミステリ…と思いきやタイトルどおり「不和の種、小さな村のメロドラマ」でした…

   用いられる仕掛けはやや安直ですが、決して読む価値がないわけではありません。とはいえ、ピーター卿を熟知した読者にのみ説得力のある仕掛けなのも事実なので、ハードルを上げすぎないことをオススメします。

 

 

まとめ

   世にも奇妙な短編集と言いましたが、『完全アリバイ』と『不和の種、~』以外は演出さえしっかりできれば、かなりイイ線行く作品だと思います。胸をドキッと背筋をゾワッとさせるギミックはあるので、寝苦しい暑い夏の夜に一度読んでみるのはどうでしょうか。

 

では!