発表年:1931年
作者:ジョン・ディクスン・カー
シリーズ:アンリ・バンコラン3
本当に勝手ですが、自分の中で本作は、病みつき系珍味ミステリに分類されました。
というのも、初めの数章は、髑髏を模した城【髑髏城】を舞台に、恐怖心を煽る残忍な事件で彩られており、陰気で暗い描写の数々に、なかなかページを捲るスピードがあがりません。しかし、ふと気づくと、いつの間にか最終章まで読み進めてしまっていました。
うわぁ苦手なやつかな、と心配していたのですが、あっという間に解決編。あれ?これむちゃくちゃ旨いやつやないか。いったいどこでどうなったのか。
先に粗あらすじ
バンコランは知人のドネイから、髑髏城で起こった奇怪な事件の調査を依頼される。過去に城主を謎の死で失った、禍々しい髑髏を模した髑髏城に再び災厄が訪れたのだった。奇怪な事件を調査するのは、我らがパリ予審判事バンコランと、ドイツが誇る名探偵アルンハイム男爵。二人の推理合戦の火花散る中、髑髏城に再び死の影が過ぎる…
まず今回私が読んだ、創元推理文庫の新訳版の翻訳者である和爾桃子氏が、欧米のミステリやファンタジーの翻訳を得意としている影響か、ドイツのライン河畔という本来ロマンチックで美しいはずの叙景が、ガラリとミステリアスに、またグロテスクに変容しているのが面白い部分です。
中身については、カーお得意の密室や怪奇現象は鳴りを潜め、思ったよりオーソドックスな造りになっているのではないでしょうか。また、バンコラン(仏)対アルンハイム男爵(独)という構図も、当時の世情が色濃く反映されており、前回読んだ『盲目の理髪師』に比べて、本作はあまりに普通というか、あっちが奇天烈というか…ある意味でカーの物語を作る巧さを感じさせられる作品でもあります。
ドロドロとしたロマンスとバンコランという組み合わせは黄金比で、さらにミステリともがっちり結び付けられているのも見逃せないところです。
特に、青崎有吾氏の解説で気づかされたのですが、相互に補完性のある素晴らしい解決編は、読めば読むほどその美しさをヒシヒシと感じます。また、ミステリの面白さを加速させる様々な要素の盛り込み方の巧さと相まって、バンコラン登場作の中でもベスト級(今のところ3作だけど)といって良い作品だと思います。
冒頭で病みつき系珍味と述べたとおり、見かけはとっつきにくく、雰囲気だって明るくありません。しかし、いざ食してみると、しっかりと手の込んだプロットと見事なサプライズを味わえる、骨太なミステリでした。
ネタバレを飛ばす
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。
まず、魔術師マリーガーの死というのが臭い、臭すぎる。これは、死亡していない、と予想して良いと思う。となると、火だるまになって死亡したマイロンも実際にはマイロンではないかもしれない。あと、ヴァイオリン弾きルヴァスールの鉄壁のアリバイが怪しすぎる。
可能性の分岐点が多く、序盤から一筋縄ではいかないミステリだと感じる。
そもそも、被害者がどうやって殺害現場まで移動したか、という不可能状況の説明からして困難…と思っていたら、あっさり隠し通路の存在が!
ということは、被害者は自分の意思で移動した(もしくは犯人が移動させた)のか。そして、隠し通路の存在を知っていたとなると、容疑者はマイロンの近親者か、過去に関係があった人物に絞られる。アガサ、ドネイ、そして身元不明なマイロンorマリーガーだろうか。
動機が遺産相続だった場合、やはりドネイが最有力候補だが、もし彼が犯人なら、バンコランに捜査を依頼する正当な理由が全く思いつかない。これはミスリードか。
もう一つ重要そうなのが、マリーガーの隠し子である。こっちが本命のように思える。マリーガー殺害犯がマイロンで、マイロンに対する復讐が動機かもしれない。
そうすると子ども候補はレイニーかダンスタンだが、ダンスタンは今回の殺人事件には、似つかわしくない。ミセス・ドネイとの一件から、アリバイはとれている。とすると、レイニーが隠し子か。髪の毛の色が、マリーガーは赤毛なのに対し、レイニーは黒髪なので違う気もするが、別に染色くらいは誰でもできる。ただ、彼女の証言自体が、ダンスタン&ミセス・ドネイの情事を明らかにした重要な証言になっていることから、彼女にもアリバイがあるのが難点。
最終盤、マリーガーが生きていたことが判明した。すると、銃撃の実行犯と、体を燃やした人物は別か。ふふん。謎は全て解けた!
容疑者
レイニー(銃撃犯)マリーガー(放火犯)
対戦結果
負け
惜しい!動機が復讐であることや、マリーガーの単独行動などは、見事当てることができたが、まさかの犯人!
たしかに、若き日のアガサが写った写真の手がかりはあったのに、すっかり思考から抜け落ちてしまっていました。脱帽です。
余談ですが、バイオリン弾きルヴァスールやドネイの開き直った台詞が、本作の雰囲気に絶妙にマッチしており、犯人以外の脇役も丁寧に描写されていることに気付きます。読むたびにカーの細やかさに驚かされます。
ネタバレ終わり
では!