フェアプレイに徹し過ぎるのも考え物【感想】『警察官よ汝を守れ』ヘンリー・ウェイド

発表年:1934年

作者:ヘンリー・ウェイド

シリーズ:プール警部3


ヘンリー・ウェイドの作品に挑戦するのはこれが2作目です。

前回は同じ世界探偵小説全集で出された『塩沢地の霧』で、こちらは作者による巧みな登場人物の心理描写がトリックに直結している興味深いミステリでした。とはいえ、トリックの出来自体はやや不完全だし、到達する真実から醸し出される毒素に侵されて後味も微妙でした。

 

tsurezurenarumama.hatenablog.com

一方本作は、全体の雰囲気は決して明るくないものの、登場人物たちの個性が光り工夫に満ちたトリックもなかなか秀逸で見どころは多いと思います。

 

今回あらすじは省略しますが、簡単に言うと、地方の警察署内で起こる事件にスコットランド・ヤードの警部が派遣されるという話。

 

シリーズ探偵であるプール警部は、スコットランド・ヤードでも若手(三十三歳)の注目株であり、上司曰く「優秀なのに偉ぶったところがない」らしい。また「そつがないし、折り目正しい(礼儀正しい)」とも評されています。地方警察からしてみれば、本庁から応援が来るというのは屈辱以外の何物でもなく、自身の無能をさらけ出すに等しい行為になりかねないため、適切な人選が必要不可欠だったに違いありません。

その点、自身より上のポストの同僚に対するプール警部の態度や姿勢にはかなり好感が持てます。また、登場する美女に尻尾を振ってみたり、デートの妄想をしたりと、若さゆえの仕草や素振りも微笑ましく、数多の探偵たちの中でも印象深い人物になっているのではないでしょうか。

事件に関する彼の捜査方法は、一つひとつの可能性を丁寧に検証し、実証可能か実地と調査を繰り返すことで少しずつ真相に迫ってゆく地道なものです。ここに本作最大の特徴が表れているのですが、一方で最大の弱点にもなってしまっています。本作は全体を通して三人称(通称:神視点)で書かれているのですが、情報量と質のバランスが悪く結果的に真相が見え易くなってしまっています

つまり

(a)読者だけが掴んでいる手がかり

(b)プール警部たちの地道な捜査によって明かされる事実

この二つが整合するタイミングが物語終盤のため、作中の探偵よりも先に読者が手がかりを掌握している以上、どうしても真相が見え易くなってしまい、警察の捜査が冗長で退屈に見えてしまうのです。これを回避するためにはやはり、ある程度(a)の手がかりを巧妙に隠すか、犯人に直結するさらなる手がかり(c)をどこかに配置するしか方法はないと思います。

ちなみに、真相に対しもうひと捻りあれば…と思う部分もあったのですが、そうなれば犯人自体変わってしまうのでさすがにナンセンスかもしれません。

 

不満点が無いわけじゃないんですが、犯人が弄した策はなかなか効果的かつ高水準、簡潔なプロットながら奥行が深くキャラクターもしっかり創り上げられています。最終盤の犯人との攻防もスリリングで、自然とため息が漏れるようなどんよりとしたオチも印象的です。

 

残念ながら、プール警部シリーズの邦訳は本作のみですが、1929年に初登場し黄金期を駆け抜け、1954年という現代本格の幕開けまで生き抜いたプール警部の貴重な一作です。是非手に取って読んでほしい作品です。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

 

 


のっけからタラール警部怪しいな。

せっかく警察署内で警察官が殺されたんだから、ついでにまぁ警察官が犯人だろう。というか2発の銃声があったからといってそのタイミングで事件があったことの証拠にはならない。この時代にサイレンサー(消音器)はあったのだろうか?あれば警察官全員が怪しいが、そんな伏線は無いので置いておく。スコール本部長を恨んでいた元囚人ハインドは運悪く容疑者候補に入れられたに違いない。やや安直だが、やはり汚職警官が犯人でそいつを探すのが一番の近道だろうな。最有力候補者はヴェニング警視、ジェーソン警視、タラール警部の3人でそれ以外にもたくさん警官は出てくるが、キャラクターがしっかり書かれているのがその3人だし、事件の瞬間警察署内にいた人物の中に犯人はいるだろうからそれで決まりだ。

in → ヴェニング

in → ジェーソン

in → タラール

out → ハインド

ヴェニング警視は、スコール本部長の死によって恩恵を受ける人物の一人だ。しかも汚職をしていたとなれば、殺害には二重の動機が生まれる。しかも探偵役のプール警部との距離も近いので欺くチャンスは無数にあるに違いない。ただヴェニングの奥さんが良い人そうなので、彼が犯人なら辛い。

ジェーソン警視は最も怪しく見えるから、犯人じゃないと思う。もちろん断定はすまいが、彼の場合有用なトリックというトリックがないのが一番の理由。現場にいち早く到着し、しかも犯人でした。なんてアホすぎる。何かしらのトリックを用いることができた人物。若しくは完全なアリバイがある人物をまず疑うべきだ。ということでやはり最有力候補はタラール警部。冒頭の怪しげな会話からは焦りみたいなものを感じた。そして中盤以降、明かされる元囚人ハインドと弟ジョンとの関係。さらにはジョンの生死に確証がないことを考慮すると、身分に偽りがあるように思えるタラール警部こそハインドの弟ジョンで、兄が服役したことに対する復讐を果たしたようにしか思えない。とすると汚職の件は全く意味がなくなってくるが、どう真相と絡んでくるのか。それにタラール警部の鉄壁のアリバイが崩せない。うーん…

容疑者リスト

タラール警部(ジョン) 99% 

ジェーソン警視 1% 

 

対ヘンリー・ウェイド 2勝0敗

 

正直、奥さんが良い人そうとか、怪しいから犯人じゃないとか、非論理的すぎる推理ばかりでしたが、事件発生直後に消音器のトリックを予想できたので、まぁ勝ちでいいんじゃないでしょうか。完全に偶然ですが。

冒頭のタラール警部の焦りの混じった発言がインパクトあり過ぎです。ただ、兄のハインドを逃がすために、パトロールの経路や時程を操作していたというのは、中々良質なトリックじゃないでしょうか。

 

 

では!

ネタバレ終わり