巧みな舞台設定と小道具の数々が光る中期の名作【感想】アガサ・クリスティ『ひらいたトランプ』

 

 17/4/26 改稿

発表年:1936年

作者:アガサ・クリスティ

シリーズ:エルキュール・ポワロ13


   簡単に作品の特徴を書き出してみます。

   まず魅力的なシチュエーションで起こる大胆な殺人事件を発端に、ポワロを含む豪華な探偵たちが競演して推理します。そして、独創的な手がかりによって意外性のある犯人があぶり出されます。

こうやって見ると盛り沢山ですね。

 

   本作にはトランプゲームの一つであるブリッジ(正式にはコントラクトブリッジ)が登場しますが、ただのトランプゲームではなく、ポワロが最大の手がかりと位置付けるほどの重要なキーワードの一つとなっています。

   「ブリッジについて知らなくても楽しめるよ」という評もよく目にするのですが、知っていれば尚面白い」と言う点は絶対に否定できません

   そのため、別ページで超簡単にブリッジについて説明をするつもりですが、“百聞は一見に如かず”です。本来は4人でプレイするものなのですが、ルールを理解するためには一人でも良いと思います。お手元にトランプを用意して一度実際にプレイしながらルールと、なによりブリッジの醍醐味については知っておくと良いでしょう。

 

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   別記事で説明しきれなかったルールの一つに“切り札(トランプ)”があります。

   基本的には強い数字を出せば勝てるブリッジですが、ゲーム開始前に“切り札(トランプ)”マークの一つが指定され、そのゲーム中は数字の強弱に関係なく指定されたマークが最強、というもの。

   今作でも結構“切り札(トランプ)”を決める台詞が多々あり、数字+マークと言う具合に表記されています。例えばスリー・ハートとかフォー・ダイヤとかそんなのです(ノー・トランプはそのまんま切り札無)。

   もちろんミステリに全く関係ないわけじゃなく、随所に散らばるゲームを再現する手がかりのひとつとなっています。

 

   前置きが長くなってしまいましたが、設定の提起から事件の発端までは、簡潔明瞭でかなり解り易く、スムーズに進行するのであらすじは不要でしょう。どんどん読み進めて良いと思います。

   事件後集まった4人の探偵たちは、いずれもクリスティの作品で複数回登場する人物なので、序盤にしっかりと把握しておきたいところ。

   『茶色の服の男』のネタバレ回避のため1名は名前を伏せますが、シリーズ探偵のポワロを筆頭に、『チムニーズ館の秘密』のバトル警視、そして本作が初登場の女性推理小説作家アリアドニ・オリヴァ夫人の4人の探偵各自が個別に情報収集を行い、真相を究明していく形式になっています。

 

   可能であれば先にこちらにチャレンジして欲しいところです。

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   名前を伏せたあの人に関しては、若干影が薄い気もするのですが、ポワロとバトル警視は、捜査方針こそ違えど、人間に対する洞察眼と推理力の高さは通じるものがあるような気がします。

   そんな名探偵たちの中で、オリヴァ夫人の存在感はさらに際立ちます。ユーモアあふれる台詞の数々は、それだけでクリスティ作品の醍醐味がギュッと凝縮された濃厚なものです。

   そして、そんな彼女が引き出すのは、事件の解決の糸口だけではなく、登場人物たち、とくに女性の魅力です。生き生きとしたクリスティらしいタッチで書かれる彼女たちの人間模様は、読んでいるだけで楽しく、ポワロという独特のキャラクターとの絡ませ方も巧みです。

   さらに、二転三転する展開は、予想ができそうで…やっぱりできない。終わってみれば、いつも通りクリスティの掌でころころ転がされていたことに気付きます。

 

   緻密で論理的な結末とは到底いかないものの、クリスティ作品の魅力である巧みなストーリーテリングと、時にアクロバティックで強引なトリックも十分味わえる印象深い一作でした。

 

では!