発表年:1932年
作者:エラリー・クイーン
シリーズ:エラリー・クイーン4
本の重厚さからも、これはかなりボリューミーな一冊なんだろうなとは予想ができましたが、案外すらすら読めてしまいました。だぶん最大の要因は、ストーリーの緩急の付け方がかなり巧妙なおかげでしょう。
序文でもわかるように本作はエラリーが大学を卒業して間もない頃に遭遇した事件のため、『ローマ帽子の謎』で既に得られていた警察の信用も無く、さらにエラリー自身の未熟さも垣間見えます。
前4作で見せた快刀乱麻の活躍からすると『緩』の展開に驚きと新鮮さを感じることでしょう。そして失敗以降、一時は地に堕ちた信用を取り戻すべく、論理的で柔軟な思考で冴えに冴えた推理を展開してゆく部分は『急』となり、読み手の心をグッと掴んだまま、いつものエラリー節で見事に謎を解決してくれます。
犯人当てに拘らなければ、二転三転する展開に楽しく翻弄されながら読むことができるのですが、いざ犯人当てに挑戦してみると、それら「二転三転」する状況がなんとも複雑で、付いていくのが精一杯。いくら犯人当てに必要な手がかりの取捨選択が読者に委ねられているとはいえ、ここまで複雑化すると取捨選択なんぞあってないようなもので、結局はエラリーの推理に頼るしかないのが現実でした。
作者のミスリードのおかげ(?)である程度犯人の絞り込みには苦労せず、論理的に自分なりの解答を引き出すことも可能なのですが、エラリーの叡智は読者の上を行っており、さらなる推理の飛躍により土壇場でおこる一発逆転の結末部は、シリーズ随一のものとなっています。
もちろん読みどころは謎解き部分だけに留まらず、クイーン父子の微笑ましい掛け合いは本作でも健在で、エラリーの若さゆえの挫折と華麗なる復活には一種の冒険活劇のようにワクワクさせられることでしょう。また前4作にはなかったロマンスめいた展開も新鮮で、エラリーの女性を扱う上手さや、キューピッド役を演じる立ち回りの妙にも本作の魅力は詰まっています。
総じてみると緻密で計算され尽くしたプロット、緩急の効いた展開、大して穴のない論理的な解決、魅力的なヒロインと犯人、スリリングでサプライズのある結末、どれをとっても映像化し易そうな作品です。事件の背景にあるダ・ヴィンチの幻の絵画などはいかにも映画にありそうなテーマじゃないですか。
『ローマ帽子』で魅力的な手がかりを、『フランス白粉』で色鮮やかな舞台を、『オランダ靴』で驚愕の真相を、そしてそれらの集大成かのような本作は、膨大なページ量に比べ読み易くエラリー・クイーンの代表作の一つに違いありません。
多少複雑である点には目を瞑って、一度エラリー・クイーン(探偵)の誕生を楽しんでみるのがいいでしょう。
では!