五匹の赤い鰊【感想】ドロシー・L・セイヤーズ

発表年:1931年

作者:ドロシー・L・セイヤーズ

シリーズ:ピーター・ウィムジィ卿5

 

今回は感想を述べる前に、やはりタイトルに入ってある“赤い鰊(にしん)”について説明しておかなければならないでしょう。

推理小説ファンには説明するまでもないことかもしれませんが、文字数を稼ぐためにもここは是が非でも書いておこうと思います。

 

推理小説内で言う“赤い鰊”とは、ただの腐った魚ではなく、偽の手がかりや真犯人から注意を逸らすためのミスディレクションのことを指します。これは、燻製や塩漬け加工によって赤い発色と強い臭いを発するようになった“赤い鰊”が、猟犬の嗅覚を惑わし、獲物を見失わせることに由来するらしいのですが、そもそも由来がわかったところで何が言いたいのか。

 

つまり、ミステリファン以外には理解されにくい“赤い鰊(レッドヘリング)”を題名に使うことが意味するものは、作者の自信の表れなのではないでしょうか。

推理小説のタイトルに「密室」だとか「不可能犯罪」「倒叙」などのワードが入っていれば、ある程度ミステリの核になっているものが何か公開してしまっているわけで、これは例えば、メジャーデビューするバンドの1stシングルのタイトルが「名曲」、相撲取りの四股名が「横綱」であるのと大差ありません。

そんな自身過多に見える部分はあくまでも私の想像なので、本作の舞台が釣好きの画家達が多く住むスコットランドの田舎町だからなんじゃないのとツッコまれれば、もちろん何の異論もありません。本作の紹介といきます。

 


粗あらすじ

スコットランドの田舎町で発見された死体は、町に住む画家の一人。被害者と面識のある6人の画家仲間は、いずれも動機・機会ともに十分に満たしていた。町に滞在中のピーター卿は地元警察と協力しながら、複雑に絡み合ったアリバイと縦横に織りなす人間関係を解きほぐしてゆく。


まず本作は、かなり長いです。

疑わしい人物のアリバイ確認だけで、物語の大半は過ぎ去ってしまうほどです。推理の構築と実践を繰り返し、一つずつ真実を探り出す過程は、ピーター卿だけでなく警察の面々の視点からも丁寧に描かれクロフツを彷彿クロフツを彷彿させる充実したものになっているのですが、セイヤーズお得意のユーモア描写やウィットに富んだ会話の数々までご丁寧に無数に散りばめられている為、どうも重要なアリバイの情報が頭に入ってこない、さらに長すぎてせっかく集めた情報も忘れてしまう冒頭の周辺地図も覚えられない、と、謎解きに必要な手がかりを得るのには多大な時間と労力が必要かと思われます。

まぁここらへんは、私の頭脳の限界という理由もあるのでしょうが、ゆっくり時間をかけて容疑者たちの行動を辿ってみると、大きな穴もなく彼らの行動が全て事件の解決にぴったり符合しています。セイヤーズ作品の中にあってもかなり正統派に近い本格ミステリと呼べるでしょう。

 

一方、物語の序盤でかなりわざとらしく隠された手がかりの一つは、なんと私が予想がついたほどのものだったので、難易度は高くないのでしょうが、それが、事件の解決とかなり強引に結び付けられているように思え、もう少しインパクトのある物証が欲しかったところです。

 

前作『毒を食らわば』のゴタゴタが、まるでなかったかのように触れられないのも気になるのですが、ピーター卿の結婚観みたいなのもしっかり挿入されていたことから、セイヤーズは忘れてはいないのでしょう。次作が気になるところです。

 

では!