発表年:1911年
作者:G.K.チェスタトン
シリーズ:ブラウン神父1
さあ今回は、ブラウン神父の記念すべき第一作短編集『ブラウン神父の童心』を紹介します。
シャーロック・ホームズ最大のライバルとしてその名を知っている読者も多いでしょう。
ホームズは、超人的な頭脳と広範で多様な知識を用いるのに対し、ブラウン神父は、犯罪者の告解によって計らずして得た、犯罪の手口などの知識のほかには、それといって特殊な能力を持ち合わせてはいません。さらに、その風貌も、丸い顔に小柄で不格好な体型、大きな黒い帽子と蝙蝠傘を携えた神父姿、とくれば、どこから見てもホームズに比肩しうる名探偵だとは想像ができません。
しかし、彼に備わっているのは、鋭い洞察力と観察眼、そして神父という職業から得た、経験と知識の蓄積からなる「人の性(本質)」の理解にあります。それゆえにブラウン神父譚には殺人が良く似合うのです。
殺人を取り扱う場合、動機ついては、しっかりと妥当性が加味されていますが、犯人の意外性には登場人物の少なさもあって少々欠けます。
しかし特筆すべきは、なんといってもトリックの独創性です。
全てのシリーズを読み終えた今、ブラウン神父シリーズ最大の魅力は、トリックの独創性だけではありません。
それは、フェアプレイ精神の精度の高さ、ブラウン神父から感じられる公明正大・清廉潔白な人間としての高潔さです。なかなか第一作だけ読んでそれら全てを感じ取ることは難しいと思いますが、もし余裕があれば、そういった観点からも読んでみるとさらに本書の魅力に浸ることができるに違いありません。
ただやはりトリックから見ても本作は一級品です。本書に収められている全十二の短編全てには、魅力的な謎が含まれ、その解決に当たっては、趣向を凝らしたトリックが隠されています。1話あたり30Pほどの短い話が多い中、惜しげもなく珠玉のトリックが注ぎ込まれているのはやはり素晴らしいの一言です。
一話一話をもう少し引き伸ばして、もう1冊短編集を編纂すれば売上がもっと…と考えるのは関西人の性でしょうか…
ホームズとブラウン神父を比べた場合、個人的にはブラウン神父に軍配を上げます。ホームズものは、1話50Pくらいの長さを使って、その中にあるものはと言えば、謎というまでもない小さなものもありました。(それがいいのもあるんですが…)
その小さな謎を、想像力を総動員し、極限まで膨らませ、ホームズに解決させるのがコナン・ドイルの手法かと思います。謎解きの楽しみを読者に提供する点や、ホームズという稀代の名探偵を形成したことも含め、人格や性格、仕草から風貌まで、キャラクターの創造という点では、コナン・ドイルが勝っているかもしれません。
しかし、ブラウン神父もののトリックの独創性や多様性においては、圧倒的にホームズものよりも良質である言わざるを得ません。ブラウン神父ものは短編集を謳ってはいるものの、謎とその謎解きが核となった、れっきとした本格ものでもあり、そこらの「本格」と銘打った推理小説よりもよっぽど重厚で読み応えのある作品なのです。
現在、創元推理文庫より新装版のシリーズが刊行されています。ぜひ今回からシリーズにチャレンジしようという読者がおられれば、まずは本書を手に取り第一話から順番に読むのを強くお勧めします。ひとつひとつは短くても、どれをとっても印象深く、心に残るブラウン譚の最初の一冊です。全シリーズを読み終えるまでは長い旅路になるかもしれませんが、そのころには間違いなくまた本書が懐かしく愛おしく思っているはずです。
ではさらっと各話感想といきましょう
『青い十字架』
ブラウン神父の登場、そしてある大泥棒との対決のお話です。大泥棒を追う探偵(警察官)による視点というのが面白いところ。ブラウン神父の機転の鋭さをしっかり味わえます。
『秘密の庭』
怪奇・密室という個性的な要素を持つ殺人事件がテーマ。首もキャラクターもバッサリいってしまっているところに真の面白さがあります。
『奇妙な足音』
ブラウン神父が部屋の中で聞いた廊下の不可思議な足音から、巧妙な窃盗を暴き出すお話。見破る方もすごいですが思いつく方もすごい。集団心理を突いた、犯罪者の巧妙な手口にも脱帽です。
『飛ぶ星』
初めて読んだときは、そんなの通用するかい!と思いましたが、読み返すとなかなか味わい深い。もちろんあるキャラクターの人生を左右する重要な物語、という側面もあるのですが、用いられるトリックが人間の恐ろしさを表しているようでぞっとします。
『見えない男』
超有名作品でしょう。このトリックは多彩なバリエーションが作られ、数多くの推理小説で用いられています。ミステリファンとして読んでおきたい一編です。
『イズレイル・ガウの誉れ』
解説でも少し触れられていますが、作中で登場する、一見繋がりの見えない4つの謎に対して、誰もが頭を悩ませ、関連性を見い出せず泣き言を言う中、ブラウン神父は「いいかげんな説」としながらもそれらしい仮説を3つもすらすらと述べてしまいます。もちろん真相は別にあるのですが、この記述は、いかに作者がトリック創案能力に長けていたかを如実に表しています。
つまり、細かい点だけ調整し、タイトルさえ変えてしまえば、『イズレイル・ガウの誉れ1』~『イズレイル・ガウの誉れ4』まで創れたはずなのです。
私のこの時の気持ちを表すなら、パチンコで、どんどん玉が入り数字も毎回777が続き、次第に恐ろしくなってしまう。そんな感じでした。是非私と一緒の感覚を味わってほしいです。パチンコしたことないけど。
『狂った形』
タイトルにもなっている狂った形の手がかりと、犯人が用意したトリックが冴えています。こちらを原型としたミステリも、クリスティをはじめ多くの巨匠たちが用いていることからブラウン神父ものの偉大さを実感します。
『サラディン公の罪』
トリックは今はどこもかしこで氾濫するもの(とはいえ元祖)ですが、物語の組み込み方が最高です。ただトリックを使用するだけでなく、真の目的のため一番効果的な用い方が成されている点に、犯罪の一種の美しさを感じます。
『神の鉄槌』
本作で一番好みの作品です。ダークトーンの雰囲気、タイトルの醸し出すスピリチュアルな空気、そして重厚感あふれる解決のシーン。どのシーンを切り取っても絵になる素晴らしい短編です。
『アポロの眼』
『神の鉄槌』のあと、というのがまた憎い演出です。さらにそこに待ち受ける事件の真相にも驚かされます。ブラウン神父ものが珠玉のトリック短編というだけでなく、名犯人小説でもあると確信できる一編です。
『折れた剣』
ブラウン神父ものでも最も有名な作品と名高い本編は、童話のような穏やかな優し気な雰囲気で始まるものの、その実はなかなかブラックです。ただ、陰気だったり不快感はゼロ。やはり教訓めいたブラウン神父の口調と、白眉とトリックが秀逸です。
『三つの兇器』
混迷という言葉がピッタリの殺人事件。ただブラウン神父に混迷は似合いません。不可思議な状況と不可解な死にも、しっかりとした解を見つけ出す神父はさすがです。
2017/9/25 追記
改めてさらっと読み返して、全部面白いって異常だと思いました。
ミステリ界の伝説であるシャーロック・ホームズでさえ、作品を追うごとに形を成してきたのに、ブラウン神父はデビュー作からすでに完成されているように思えます。また作品ごとの味わい深さ、みたいなのが存在していて、ふとした時に読み返したくなる不思議な魅力も持ちあわせています。個人的には、『イズレイル・ガウの誉れ』『神の鉄槌』『サラディン公の罪』『折れた剣』あたりがヘビロテです(多いな)
では!