『オルヌカン城の謎』モーリス・ルブラン【感想】時代がルブランに書かせた愛国の書

1916年発表 アルセーヌ・ルパン9 井上勇訳 創元推理文庫発行

 

    本書をアルセーヌ・ルパンシリーズと呼んでいいのかどうか、まだ悩んでいます。

  発表順に言うと9作目にあたる本書は、第一次世界大戦(1914)勃発直後の激動の2年間にモーリス・ルブランによって書き上げられた一作です。

    本書最大の魅力は、ルブランの作風でもある史実を元にした重厚な物語でしょう。終始フランス人である作者ルブランの視点で語られるため、かなり偏った描写があるのも事実ですが、それら『偏った視点』そのものが、苛烈で陰惨な戦争のリアリティを生み出しているのも確かです。

 

    舞台は、大戦初期のフランス・ドイツ両国の主力同士による「マルヌ会戦」前後。イギリスやベルギーをも巻き込んだ、血で血を洗う激戦とその後の終わりの見えない塹壕戦に至るまで、「そこまで酷く描写するか」「そんなに煽る必要があったのか」と悲しく、やりきれなくなるほど、フランス愛とドイツに対する敵愾心剥き出しの文体が胸を打ちます

 

本書の主人公はフランス人青年ポール・デルローズ。新妻であるエリザベートとの新婚生活に期待感を募らせていた矢先の1914年7月30日、物語は静かに動き出します。彼の愛する父を殺した、ドイツ人暗殺者とエリザベートの家系との関係とは一体何なのか、大戦を動かすドイツ軍の壮大な作戦の裏には何があるのか。フランスの古城オルヌカンを舞台に一世一代の戦いが始まる…

 

    終始戦争に絡められた重たい内容にはなっていますが、ルパンに比肩する無鉄砲で知略家で腕っぷしの強いデルローズ青年の強烈な個性が、ぐいぐい物語を牽引してくれます。また、デルローズの義弟ベルナールもデルローズに負けず劣らずの才気煥発を発揮するので、二人のバディものとして楽しむことも可能です。二人がルパンシリーズに見られるような変装やトリックを多用することは無いものの、フランス対ドイツの「謎解き」を中心に据えたミステリの様式はしっかりと出来上がっています。

 

    一方で、正統な「ルパンシリーズ」の一作としてはオススメできないのが正直なところ。

    フランス中に伝播する生々しい戦禍から、目を覆いたくなるような物語のオチまで、あくまで第一次世界大戦を題材にしたフィクションとして、また、戦争小説の一つの入門書、派生作品として、興味のある方にはぜひ手に取ってほしい一作です。

 

    戦争の火種が燻り続ける今復刊されれば、もっと多くの人に読まれるのかもしれません。もちろん、読まれないほうが状況としては良いとは思いますが…

では!

 

『カササギ殺人事件』アンソニー・ホロヴィッツ【ネタバレなしなし感想】完璧なイギリスのミステリ

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2016年発表 山田蘭訳 創元推理文庫発行

 

    フォロワーの方にオススメしていただいた(おねだりした)一作です。2018年末の主要なミステリランキング全てにおいて1位、と大傑作であることは折り紙付き。Twitter界隈のリアルな評価も高く、読む前から既にブログで脱帽&脱帽する気配は漂っていました。

    事前予習した『ストームブレイカー』の効果は全くなかったのですが、とにかく面白かったです。たぶんオススメされていなければ、十年か二十年後にしか読まなかった作品なんでね…「今」の傑作海外ミステリを紹介していただいた、こいさん@Gyaradusには深く感謝。

 

 

本文(ネタバレなし)を飛ばす

 

    さて、本書の紹介といきたいのですが…たぶんこの記事を読んでいる方ってのは、ほとんどが『カササギ殺人事件』読了者なわけでしょう?これだけタイトルを総なめにした傑作ミステリなんだから、「なにそれ?知らない」なんて読者はいてないんですよね?ね?

 

え?いる?

 

まだ私読んだことない!って?

 

    そうですか。なら安心してください。今回は「展開バレ」的な部分も含めて、終始ネタバレせずに感想を書いてみたいと思います。当記事を読んで「どんな話だかよくわかんなかったけど面白そう」と思っていただければ幸せですし、「本当に何の話なのかわからなくて怖い」と思わせてしまったらすいません。

 

 

    まず、本書の帯が既にネタバレです。未だ手に取っていない方はくれぐれもご注意ください。本屋に行ったら何も見ずに、赤と青の2つ並びになった文庫本を手に取りましょう。ちなみに私が所持している本の帯を、参考までに載せておきますが安心してください。もちろん修正済みですし、本書を紹介するのにものすごく大切なことが書いてあります。

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「完璧」な「イギリス」の「ミステリ」

 

    必要な情報はこれくらいで十分。※もちろん帯が伝えたい内容とはまるっきり違います。

    海外の古典ミステリの中にはまず間違いなく、傑作・名作と呼ばれるに相応しい長編ミステリが数多くあるわけですが、その中に「完璧なミステリ」と評される作品はほとんどありません。ただ本書に限って言えば「完璧」と評価しても差し支えないと思っています。

    では、何が「完璧」なのか。それは、徹頭徹尾貫かれた物語の構成、筋≒プロットです。100点満点中100点。一つのミスもなく、齟齬も瑕疵も無い、完全無欠のプロット。次のページを捲るとどんな展開が待っているのか、読者の興味を常に高いレベルで維持させる全美なプロット。この一点においては、今まで読んできた拙い海外ミステリ経験(約250冊)の中でも、文句なしにトップクラス。それが『カササギ殺人事件』です。

 しつこいようで申し訳ないのですが、プロットが文句のつけようがないほど完璧なおかげで、上下二巻というボリューミーな分量にもかかわらず、終始面白さを損なうことなく(個人的には上巻≧下巻)高いリーダビリティを維持しながら読了させてしまう、という良い意味での“強引さ”はなんとなくわかっていただけたでしょうか。この時点でボンヤリでも「へえ~完璧なプロットかあ…面白そう」と思っていただければ御の字。ぜひ書店でお買い求めください。

 

 

 「こいつほんと何言ってんのかわかんねえな」というそこのあなたのために、もう少しだけ絞り出したいと思います。

    それは、作者が構想15年という長年月をかけて創造した、ミステリという、間口の広いジャンルの特性を最大限に生かした特殊な仕掛けです。

    時は2018年。ミステリの勃興から150年以上の月日が経ち、偏にミステリと言っても数多の細分化されたミステリのジャンルが生み出されています。クラシカルなフーダニットから、ミステリでありながらミステリを拒むと言われる奇書なるミステリまで、その種類は千姿万態です。

    そして、種類の多さに比例して、現代の読者の好みも様々。クラシック・ミステリファンと奇書愛好家が必ずしも両極にいるわけがありませんが、本書『カササギ殺人事件』には、読者の“好みの差”という枠に囚われず(対象を絞らず)に、全てのミステリファンを楽しませる仕掛けが施されています。

    ただ、決して本書が唯一無二というわけではありません。似たような形態のミステリは、過去にいくつもあったでしょう。しかし、ここでまた前半に戻ってきます。この特殊な仕掛けを「完璧なプロット」の中でやり遂げてしまったことこそ、歴史に残る圧倒的な傑作だと呼ばれる所以なのかもしれません。

 

 あと書いておきたいことはほんの少しです。あとちょっと我慢してください。本書の功績は、歴史的な超傑作を生みだしたことだけではないのかもしれません。

    ディープなミステリファンだけでなく、ライト層の、いや、そもそも海外文学すらあまり手に取らず、ましてやミステリにも興味がない、という新しい読者までもミステリの沼に引きずりこむことにも成功している点にあります。

    それは、作者アンソニー・ホロヴィッツの類稀なる才能を活かした絶妙なアレンジと、長い歴史と伝統を持つミステリに対する熱烈で純粋な愛の結晶です。

    この点は、ミステリ愛好家たちのために書かれたとしか思えない、サービス精神満載の友情出演、ミステリ用語のお手本となるような仕掛け、数えきれないほどの伏線などのギミックを除けると尚明瞭になります。愛着の沸くキャラクターやロマンティックな人間ドラマ、グロテスクな人物造形、シンプルでありながら深遠な愛や友情。それら自体の描写も、物語への結合も全てが高品質です。読まれるべくして読まれている、そんな必然性をも感じる超傑作でした。

 

 

         本文終わり

おわりに

 今回は無駄にネタバレに配慮しながら書いてきましたが、そもそも本書の最初の1ページを読むだけで、ミステリファン云々関係なく違和感しか生じず、ネタバレなんて関係なくなってきます。でも大丈夫。何も気にせず、戸惑わず、考えずに読み進めましょう。

    もし、裏表紙のあらすじも読まず、公式ホームページの商品紹介も読まず、強いて言えばこの記事の本文でさえ読まずに本書を手に取れたなら、あなたは幸せです。

 一人でも多くの読者が、ピュアな気持ちで『カササギ殺人事件』に触れることができるように心から願っています。

では!

 

『曲がった蝶番』ジョン・ディクスン・カー【感想】ホームラン級の一作

1938年発表 ギデオン・フェル博士9 三角和代訳 創元推理文庫発行

 

 ギデオン・フェル博士シリーズはこれで9作目になりました。少しだけおさらいをしておくと、彼の初登場作は『魔女の隠れ家』(1933)当時は“辞書編纂家”という肩書でしたが、その後はロンドン警視庁の非公式な顧問として多くの難事件に関わってゆきます。

 カーの想像した主な三人の探偵たちは、全員が尖った個性を持つキャラクターです。“法の執行者”を体現する悪魔的なアンリ・バンコランや、“生粋の軍人”を絵にかいたようなヘンリー・メリヴェール卿と違って、“天才肌”でありながらちょっぴりお茶目なフェル博士は、ミステリ初心者にも親しみやすいはずです。

黄金の羊毛亭で、フェル博士を長嶋茂雄に、H・M卿を野村克也に例えていたのが衝撃的すぎて忘れられません。もう、そうとしか見えない。

 

 正直なところ、これまでフェル博士シリーズは(言い方が悪いですが)第6作『三つの棺』だけ読めたらいいな、という軽い気持ちと惰性で読み進めてきたところがありました。各長編ごとに新たな読者への挑戦と実験精神が詰まった力作ぞろいではあるのですが、『三つの棺』ほど完成された長編には出会えませんでした。既に擦り尽くした評ですが、カーの作品が「出来不出来の差が激しい」というのは、あながち間違っていないのかもしれません。

 しかしながら、本作『曲がった蝶番』は違います。間違いなくホームラン級の一作です。打率で言うと2割2分2厘ですから、安定感はありませんが「当たったら怖い」がぴったりの外国人助っ人として、これからも読書リストのクリーンアップをまかせたいところ。フェル博士の巨漢を活かした豪快なフルスイングを見ると、やはり美しいアーチを期待してしまいますし、実のところ打球(その他8作)の軌道は悪くありません。

 

 なんのこっちゃわからなくなってきたので、話を戻すと、ブラックホール並に強い引力を持つ導入部と、金城鉄壁の不可能犯罪。そして、次第に濃度が増す怪奇趣味と脳を直接揺るがすような圧巻の解決編。これだけで、読む価値としては十分すぎます。フェアプレイの点で多少の難があるのは否めませんが、解決編の意匠・演出についてのみ言えば、満点を上げたいところ。たった一文で視界がぐんにゃりと歪んでしまうような(真相と言う意味では視界はくっきり晴れるわけですが)衝撃的な真相は、その性質ではなく、明かされるまでの綿密な空気づくりが巧妙です。

 

 やっぱりあらすじだけ簡単にご紹介しておきましょう。村の権力者である准男爵のもとに、本物の准男爵を名乗る男が来訪します。どちらも本物を主張する摩訶不思議な状況の中、ついに事件が…この魅力的な発端が、奇怪な小道具の影響で予測不能の事態へと進んでいきます。この続きは是非とも実際に本書を手に取って体験してください。シリーズ作品の良さを阻害する要素がないため、単体でも十分楽しめるはずです。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 のこのことやってきたパトリック・ゴアと家庭教師のマリーに死亡フラグが突き刺さるなか、読者をあざ笑うかのように、カーはファーンリーを殺してしまう。なんだこれ。これだけで並の作家じゃない(知ってる)。しかも、ほぼ完ぺきな不可能状況も成立させてしまっている。

 ぱっと思いつくのは紐に付いた凶器を手繰り寄せてファーンリーの喉元に突き刺す方法(具体的な方法はちんぷんかんぷんだが)。これなら、背後や茂みの中に身を隠していれば何をしているかわからないし、ファーンリーの近くにいなくても実現可能だ。

 そして、この方法なら唯一の目撃者ノールズを含め、多くの人物に嫌疑が生まれる。目撃者ノールズ自身が犯人なら面白そうだが…

 

 まずは、ファーンリーが殺された理由(動機)を考えなければならない。自殺は端から問題外として、指紋帳の存在だけでファーンリーが偽物の准男爵だと想定できる。指紋帳の真贋や、ゴアとマリーの共犯関係の有無がどうあれ、ファーンリー殺害の動機には絶対にならない。

 死んだところで指紋の照合はできるし、彼の死を望んでいた人物に見当もつかな…と思っていたが、もし彼が本当に偽物(わかりにくいな)だとしたら、真っ先に彼を憎むであろう人間がいた。

 妻のモリーだ。彼女は幼少期から、ファーンリー(当時は本物)に対し偏執的な愛情を注いでいた節もあり、長年愛情を傾けていた男がファーンリーではなかったと知ったなら、その裏切り行為への報復として殺したくなるに違いない。

 

 ただ、殺害方法についてと、事件と自動人形〈金髪の魔女〉との関連性がわからない。メイドのベティの証言「古い人形の膝のところに目が合ったんです(頁289)」からすると、人形の中に隠れて人形を動かした可能性が見えてくるが、頁211ではエリオット警部の手によって「なにかが入る余地はない」と否定されている。

 悪魔信仰やヴィクトリア・デーリーの死などはモリーを指し示しているように見えるが、ハウダニットが難題。ここらで降参。

 

推理

モリー・ファーンリー(偽ファーンリーの裏切りを知って、憎悪による殺人)

 

真相

パトリック・ゴア

モリー・ファーンリー

 いやはや、完全にやられました。冒頭からやけに手の込んだ会談だなあとは思ったのですが、殺人そのものも計画の内だったとは驚かされました。

 あと、これは完全に自分のミスですが、〈金髪の魔女〉に「小さな子ども(頁211)」が入れるくらいのスペースがあった記述を読み落としてました。そのほんの少し前にエリオット警部が否定してるので、完全に気が抜けていたようです。

 さらに、自分の想像力が乏しいのか、ファーンリーの『曲がった蝶番』に関する記憶と、両足が切断された経緯については、そこまで巧いとは感じませんでした。もちろんゴアの告白にはゾッとしましたが…

 

 当初はほとんど軽蔑しあっているように見えたモリーとゴアも、真相を知った後よくよく読み返してみるとガラリと見え方が変わるのは、読者が思っている以上にカーの登場人物たちの書き込みが巧かった証でしょう。

 また、変装や自動人形の操縦や殺害方法など本件を構成する要素全てが、サーカス経験を蓄積したパトリック・ゴアを指している点も見逃せません。

※ダミーのヤヌスの仮面や、タイトル『曲がった蝶番』もパトリック・ゴアに関連しています。

 

 最後に、これ凄くない!?というところを一つだけ。

真犯人ゴア、どこから消えた?どこまで出てた?

 創元推理文庫の【新版】で確認してみたところ、なんとゴアが最後に表舞台で喋って存在感を出したのは、まだまだ物語中盤であるはずの頁213が最後でした(ゴアの存在確認だけで言えば頁235)。しかも内容はようやっと自動人形〈金髪の魔女〉の実物を検証する、というまだまだ発展の段階。

 その後しれーっと姿を消すわけですが、なんの違和感も無いのには目を、というか自分を疑いました。あれ?ずっと出てた気がするけど…でも出てないんですよ。

 

 物語の進行通りに辿ってみると、その後ファーンリーの検死審問が開かれるのですが、ここでもゴアは目立ちません。ちなみにモリーの存在が確認できるのはここ(頁231あたり?)が最後です。ここで彼らを隠すのは、フェル博士顔負けの巧みな弁舌を披露するマデライン・デイン。彼女の円転自在な証言のおかげで、読者はファーンリーに隠された秘密にのめり込む反面、どんどんゴアとモリーの印象が薄れてゆきます。

 その後舞台は転換しますが、ゴアとモリーには掠ることなく、マデラインとペイジによる、ヴィクトリア・デーリー事件の謎解きが始まります。本書冒頭から仄めかされている事件だけに、読者はこの箇所にも意識を持っていかれます。もちろんゴアとモリーは蚊帳の外です。

 さらに、畳みかけるように、〈金髪の魔女〉が恐ろし気に登場し、またまた舞台はフェル博士の元に返ります。

 そして、ようやく〈金髪の魔女〉目撃者ベティの証言が語られる(正直遅いくらいなのですが)のです。これまた、事件の謎の解明に必須である、という雰囲気が満ちているので読者は目を離すことはできません。このころには、完全にゴアとモリーの存在を忘れています。

 これらが消化されてから、第一の解決編と相成ります。しかし、ここでもフェル博士は

ゴアさんにも使いを出したよ。-レディ・ファーンリーも呼んでもらえんかね。(頁304)

と言うだけで、結局彼らはそのまま姿を消してしまうのでした。

 

 作者カーによる犯人逃亡までの時間稼ぎが、あまりにも美しく、かつ物語としても全く面白さを損なうことが無いのはとにかく素晴らしいと思います。それだけ、謎の魅力の力強さとそれを飾りつける怪奇要素の水準が高いということでしょう。

※ 検死審問でのゴアの落ち着いた様子も、〈金髪の魔女〉が明るみになった時点(頁213)で形成の悪さを察し、心ここに在らずでせっせと逃亡計画を練っていたから、と考えると、味わい深いものがあります。

 

 

 

ネタバレ終わり

 ネタバレ感想の方で、書くうちにどんどん熱が上がってしまったせいで、もうこれ以上書くことが思いつきません。ネタバレの最後にも書いた要素が、個人的にはかなりツボったので、ぜひ多くの方に読んでいただいて、感想を聞いてみたいところ。

 カーの作品の中でもベストオブベストかと聞かれるとそういうわけではないのですが、印象に残るという意味では強烈ですし、『三つの棺』に次ぐ(今のところ)名作とは言えそうです。

では!

『あなたは誰?』ヘレン・マクロイ【感想】作者自信満々の力作

1942年発表 ベイジル・ウィリング博士4 渕上瘦平訳 ちくま文庫発行

 

    建物を建てる時に最も重要な要素は基礎だとよく言われる。基礎がしっかりしていないと、地震や洪水などの災害に見舞われたとき、その家は耐えきれずに脆く崩れてしまうからだ。

    これはミステリでも同じだろう。「着想」と「発展」という2点の要素において、常に魅力的であり、論理性があり、豊富であり、一貫性があるか(ほぼエラリー・クイーンの受け売り)。この観点から、プロットの完成度はそのまま作品の完成度に大きく影響を及ぼすと考えている。(もちろんプロットが良くても最後に大コケする作品もある)

 

    だからこそ、プロットの完成度が高い作品を読んだ時に、作者の自信をひしひしと感じる時がある。「どうだ!」「これでもか!」と言わんばかりの強い気概を叩きつけられているような感覚だ。

   まさに、本書『あなたは誰?』は、作者が自信たっぷりに読者に突きつける〈挑戦状〉である。開幕の合図は、ある女性歌手の元に届く匿名の電話による不審な警告だ。警告の内容から彼女の知人であることは疑いようがない状況に不安と疑念が募るが、彼女は危険を承知で事件の舞台へと乗り込んでゆく。

 

    匿名の電話?しかも誰だか見当もつかない?そんなばかな、少なくとも声色から男か女か、くらいはわかるだろう、とお思いだろう。ここは、翻訳も相当難しかったのではないかと想像できるが、ふたを開けてみると完全にお手上げ状態。

    ベイジル・ウィリング博士シリーズの他の作品を読んだことのある読者には共感を得られるかもしれないが、本シリーズにおいて、先入観や思い込みといった読者の心理状況は悉く推理の妨げになる。

    そうやって作者に手玉にとられる危険性を知っていると、この冒頭の数ページを読むだけで、すでに本書は始まっている(当たり前なのだが)、仕掛けられている、というヒリヒリしたサスペンスフルな空気を感じるだろう。

 

    この緊迫感のある冒頭の余韻冷めやらぬうちに、摩訶不思議な事件が次々と発生する。ウサイン・ボルトは100mの予選などで、ゴール前では完全に流してしまうシーンをよく目にしたものだが、ヘレン・マクロイは事件の発展まで全力疾走だ。この間にシリーズ全体の見どころでもある心理実験も絡めつつ、決して読者を飽きさせることなく進んでゆく点も見逃せない。

 

    さて、これで感想自体は終わりたいと思う。唐突にボルトの話をしだした時点でお気づきだろうが、正直に言おう、自信がないのだ。ヘレン・マクロイ自身の強い自信を上回る秀逸な書評ができる自信がない。

    ネタバレ感想ではもう少し踏み込んで書いてみようと思うので、ぜひ未読の方は手に取って読んでいただきたい。

 

    シリーズ作品とはいえ、レギュラーキャラクターが登場しない点で単体で読むにはとても適している心理学を絡めた傑作ミステリ、という一文だけではとてもじゃないが言い表せないほど、魅力がたっぷり詰まった一作だ。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

    匿名の電話の主だが、一見文面(口調)からは男性のように感じる。

    この先入観は危険だ。いや、先入観(男)は危険(女)と思う時点で、作者と訳者の思うつぼか…

 

    ここは、単純にフリーダに来てほしくない理由から推理するのが得策。

1.アーチーとフリーダの結婚に反対

これなら姑のイヴと幼馴染のエリスが該当する。事件が起こってからは、別の理由が浮上する。

2.殺人計画にフリーダが邪魔だったから

ただこの理由の場合、チョークリーの死とフリーダを繋ぐ輪が見当たらない。二人は知人同士だった?描写は無い。

3.そもそも電話自体がフリーダの狂言?

これなら恐ろしいが、さすがに三人称で語られている以上、電話の描写がフェイクならアンフェア極まりない。多分違う。

 

    チョークリーの正体がゆすり屋だと判明してからは、俄然アーチーが怪しく見える。フリーダを遠ざける策があったことから、婚約者アーチーの明かされたくない真実をネタにチョークリーがゆすっていたと考えるとある程度つじつまは合うが、チョークリーの訪問が突然だったことと、アーチー自身が訪問にポジティブだったことの説明はつかない。

    怪人物ルボフとジュリアの関係を考えると、ジュリア犯人説もあり得るかと思ったのだが、フリーダへの脅迫の説明の方がつかなくなり袋小路に。降参。

 

推理

結果

ジュリア

    二重人格の事実が明かされたとたん、靄が弾け飛んでパっと目の前が明るくなるあの感じ何なんでしょうか。凄い。

    さすがに、本書最大のテーマ“二重人格”の仕掛け無しでは全体的に機能不全になることは明らかなので、ある程度最終盤まで引っ張る必要性については理解できますが、“二重人格”そのものを推理して論理的に謎解きするのは至難の業

    あと、最初っから最後までフリーダが全くルボフについて触れようとも(考えようとも)しないように見られるのもさすがに無理がある気がします。

 

    二重人格の取り扱いで特に秀逸だと思われるのは、マークの中の人格(副人格)がマーク自身には認知できず、妻であるジュリアのみがその真実に気づきマークの政治家としてのメンツを保つために奔走している点。

    さらに、ルボフの思惑(フリーダを遠ざけたい)とジュリアの願い(マークを守りたい)が交錯し、ジュリアにとっては最悪のタイミング(チョークリーの来訪)がやってきて、殺人の選択肢を選ぶしかないという悲劇的な展開が印象に残ります。逃亡の末事故死というオチも納得です。

 

    悲劇の元になったマークの心情や妻ジュリアとの関係を吐露する頁192~は改めて読み返すとやはり胸に来るものがあります。彼に着目して再読したくなる、名登場人物作品です。

 

 

 

ネタバレ終わり

    もうこれ以上はなにもない。ベイジル・ウィリング博士が探偵である必要性において、本作ほどその役割に責任が伴う作品は、今まで無かった。

    前半の最終部では、単体でも読めると言ったが、前三作の登場人物の名前がさらりと明かされているため(ミステリ的には問題なし)、どうしても気になる方は前作を読むことをオススメする。

    2019年2月現在前3作『死の舞踏』『月明かりの男』『ささやく真実』全てが新刊で手に入る状況なので、購入希望の方はお早めに。

では!

『動く指』アガサ・クリスティ【感想】隠れた傑作

1943年発表 ミス・マープル3 高橋豊訳 ハヤカワ文庫発行

 

2019年初クリスティは、ミス・マープルシリーズ第三作。

当ブログでも度々言っていることだが、筆者ぼくねこは海外ミステリをほぼ発表年順に読んでいる。所持している1910~1930年代(約250冊)のミステリの多くを読み終えたため(穴あきもあるが)、ようやっと1940年代の海外ミステリにも手を伸ばし始めたのが昨年の終わりごろだった。このままの計算(50冊/年)では、1970年代に書かれたポワロものの後期作品を読むのは少なくとも10年後になる。人間どこでどう死ぬか全くわからない。だからこそ、早めにクリスティ全作は読み終えたいのだが…

40歳でクリスティ読破、となるとそれはそれで、ちょうど息子(10年後は中学生)にも勧めやすいタイミングなのでアリか。

 

粗あらすじ

傷痍軍人バートンは療養のために妹を連れて都会ロンドンから田舎町へとやってきた。心穏やかに静養できるはずのまるで“いやな事件など起こりそうにない”平和な土地にやってきた矢先、陰湿で醜聞的な嫌がらせが頻発しだす。疑心暗鬼になった村人たちの不和が広がる中、ついに悪質ないたずらの犠牲者が…

 

クリスティ作品には珍しいことに、物語の多くをけん引するのは、高名な名探偵ではなく、傷痍軍人のバートン。彼はおせじにも知性溢れる人物とは言えないが、軍人らしい行動力と活力に満ち、村人からはそれなりに頼られる一目置かれた人物像に仕上がっている。

そして、彼とコンビを組んで物語を盛り上げるのが、妹のジョアナ。ロンドン育ちだけあって都会的であか抜けたキャラクターで、恋多き(というかダメ男に惹かれやすい)女性だ。

この兄妹が、お互いの恋愛観や異性交遊を弄り合い、励まし合うのが物語を楽しくさせている一つの要因になっている。こんな二人が表に出っ放しということは、もちろんクリスティ風のロマンスがあると思っていい。ここらへんはミステリに大きく関係ないので省略するが、もうすぐ30を迎えるおっさんでもそれなりに楽しめた。というのは強がりで、普通にニヤニヤしたし、ふふふ、くらいの声は出た。正直に言うと、大好きだ。

 

事件の題材は、一種の病的な嫌がらせを端に発する事件、ということで、はたしてそれが本当に病的なものなのか、それとも、ちゃんとした知性に支えられたものなのかで展開が大きく変わってくる。

最近読み進めているヘレン・マクロイのウィリング博士(精神科医)だったらどう料理するだろうか、などと妄想しながら読み進めていったが、やはり、不気味な事件の背景をいつまで経ってもハッキリさせないクリスティの筆致が冴えている。事件後は警察の専門家も登場し、探偵役の交代かと思いきや、彼らもまた上手い具合にポンコツだ。

 

そうこうしているうちに、ほとんど進展もないまま傍観を続けた結果、事件は平和な村で起こるはずもない悲惨な結末へと発展してしまう。ここにきて緊迫感が一気に増し、プチパニック状態が起こるが、ここでようやく事件が整理され、怪しげな登場人物たちの化けの皮が徐々に剥がされるに至って、読者はハハンと確信する。ここからが本番だな、と。いや、ここからだ、と思い込んだときには既にクリスティの掌で転がっているのだ。クリスティが私の経絡秘孔を無慈悲に突き「お前はもう死んでいる」と言う声が聞こえる。

 

さて、本来なら、ある程度早い段階で〈読者への挑戦状〉くらいは顔面に叩きつけても良いくらいなのだが、クリスティはラストに向けて挿話を綺麗に畳んでゆく。この手際もまた素晴らしい。ただ素晴らしいのは「手際」だけであって、畳まれた衣服の形自体はやや不揃い。オチにも多少強引なところもあるが、ここはあえてドラマチックと言い換えてあげてもいいだろう。

 

魅力的でミスリードになる挿話にはそこまで尖った部分は無いが、クリスティは探偵役ミス・マープル自身にもある種の魔法をかけている。ぜひここは本書を読んで体験していただきたい。

タイトル「動く指」が暗示するとおり、自分もクリスティの魔法にかかってしまったのか勝手に指が動いて、いつもと違う変てこな記事になってしまった気もするがそこはご容赦いただきたい。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

モナの自殺、そしてメイドのアグネスの殺害が起こる中盤まで読み進めて、ある程度事件の構成は読める。モナの死こそ犯人の真の目的で、アグネスはそれに気づいてしまったから殺された。もちろん怪文書の差出人が犯人で間違いないだろう。

あとは怪しい人物から絞り込むだけなのだが…最有力はシミントン家の家庭教師エルシー。不思議な魅力をもつ美女で、ディック目当てだと考えれば一応は納得できる。怪しすぎて逆に全然犯人に見えないのは問題だが。

パイ氏も犯人候補にしてみたくなる怪しげな人物だが、登場人物一覧に載っていないので犯人ではない(←暴論)。

あと一瞬だけ疑ったのは、リトル・ファージ邸のお手伝いパトリッジ。アグネスは犯人について知った(であろう)ことを伝えようとした矢先に殺されたので、彼女が秘密を持っていることを知っていたのはバートン兄妹とパトリッジしかいない。シミントン家の人間が彼女の電話を盗み聞きしていない限り。

…ということは、やはりエルシー犯人説もあり得るか。ただ、アグネスの殺害方法からは力のある男性という犯人像が浮かぶ。オーエンもジョアナが惹かれている“ダメ男”という点は候補に入るが、それだけじゃなんともなあ…まさかだけどディックか?

クリスティの作品ではよくあることだが、仮説はいくつかあっても決定的な描写がないのが厄介。

 

推理

ディック・シミントン

結果

正解…はしたけど…

う~ん何回クリスティに転がされたら気が済むんでしょうか笑

あえて書くまでもないことかもしれませんが、シミントン夫人の死によって得をする人物を隠す煙幕が巧妙です。ジェリー・バートンという一人の男性を語り手にして、男性目線でエルシーを見るように誘導することで、ディックの恋慕という決定的な動機に気づきにくくなっています。このジェリーを語り手にすることによる誘導は、叙述による心理操作トリックと言い換えてもいいでしょう。

また、タイプライターの寄贈や用いられた封筒も、それらを寄贈する前に準備することで、時系列を誤認させるトリックになっているのも秀逸です。

これは余談ですが、並の作家なら、アグネスの殺害方法にもっと(便宜上)女性的な方法を取らせたと思うんですよねえ。毒殺は避けるとしても、エメに嫌疑がかかるよう誘導するのもアリだったとは思うのですが、あえてここで犯人の残虐性と焦りを出させた(ドジを踏ませた)のもクリスティの技能の高さの現れでしょうか。

 

 

 

ネタバレ終わり

本書は数多のクリスティ作品の中でも、語られることのあまり多くない作品だとは思う。しかしながら、何度か読み返すと、コミカルで柔らかな作風に交じってクリスティが実に挑戦的な仕掛けを施していることがようくわかる。それは紛れもなく真相に直結し、真犯人に大打撃を与える一手なのだが、読んでいるとその伏線には全く気付かないまま解決編へと突入してしまう。

物語の面白さを備えつつ、そのベールに覆われてミステリ的な装飾を施す手腕に改めて脱帽する。クリスティ作品の中でも間違いなく上位に来る隠れた傑作である。

では!

 

『三人の名探偵のための事件』レオ・ブルース【感想】パロディものと侮るなかれ

1936年発表 ウィリアム・ビーフ巡査部長1 小林晋訳 扶桑社発行

 

初レオ・ブルース、ということで、まずは簡単に作者紹介からいきましょう。

レオ・ブルースという男

レオ・ブルース(本名ルパート・クロフト・クック)はイングランド・ケント州生まれですが、その後アルゼンチンで就学し、書籍の批評家や編集者として働きながら、本名名義でも自伝・普通小説・詩などの多くの書籍を世に送り出します。

1953年、同性愛者の嫌疑を受け6か月の服役命令を受けて以降、彼はモロッコに移住し、その後もチュニジア、キプロスなど異国の地を旅して15年以上の月日を過ごしました。

そんなブルースのミステリとしての代表作は、ポワロを始めとする名探偵たちをモチーフにした人物が登場するなど、パロディものの傑作として知られる本書『三人の名探偵のための事件』。本書を皮切りにウィリアム・ビーフ巡査部長シリーズを8作、そしてパブリック・スクールの歴史教師キャロラス・ディーンものを20作以上発表します。

後者については、学校を舞台にしているだけあって、アクの強い校長やヤンチャな問題児など個性的なレギュラーキャラクターやユーモア描写も魅力の一つらしく、日本ではシリーズ第一作『死の扉』ぐらいしか手に入りにくいのはなんとも勿体ないところです。*1

 

 

本書のあらすじはごくごくシンプル。

粗あらすじ

サーストン家で開かれたパーティの夜に起こった密室事件。翌朝、世界に名を馳せた名探偵たちが続々と登場し、三者三様の捜査を開始する。“あってはならぬことが起きている”そんな異様な屋敷で起こってしまった悲惨な事件を名探偵たちは解決できるのか。

 

上記のとおり、本書には海外ミステリの黄金時代から活躍する有名な名探偵たち(に似たキャラクター)が多数登場します。アガサ・クリスティのエルキュール・ポワロ、ドロシー・L・セイヤーズのピーター・ウィムジィ卿、G.K.チェスタトンのブラウン神父という贅沢な顔ぶれです。

しかし、ただのパロディものと侮るなかれ。題材となった事件自体は、推理小説ではありきたり過ぎる気もしますが、密室事件の方はよく練られています。密室の帝王カーが創造するような金城鉄壁な密室ではなく、三人の名探偵たちに推理させるためにあえて隙のある密室にしてある点が秀逸です。

さらに、仮に密室事件を解いたとしてもフーダニット(犯人当て)にはまた別の視点で挑まなければいけません。登場人物全員が容疑者候補であり、アリバイや動機などにも(これまた)隙が用意されています。

 

ただ、この形を完成させるために、パロディ、多重解決、密室トリックと力を分散しているせいもあってか、わりと物語はペランペラン。(実際には裏を流れる人間ドラマも複雑なはずなのですが、探偵たちを主軸にする構成せいでほとんどのエピソードが薄くなっています。)

以上三つの構成要素について興味がある≒推理小説愛好家にとっては、贅沢な一品ではありますが、単純に「面白いミステリが読みたい」という読者に対しては、パロディの元となった名探偵たちを知っているかどうかで面白さが多少増減する懸念もあって、なかなか万人にオススメしづらい一作です。

 

でもボリューミーで贅沢な解決編だけは読んで欲しいんですよねえ。何回転するのか予想もつかないほど豊富でトリッキーな作品なので、いくつかオーソドックスな作品を読んでからチャレンジしてみてください。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

いたってオーソドックスなオープニング。気になるのは、被害者の3回に分けた悲鳴。どうも芝居臭さというか、不自然さを感じる。

この時点で叫んだのはサーストン夫人ではないのではないか、という疑問が。

あと窓が開いた密室ってもう密室じゃないじゃん、というツッコミは無粋か。

 

屋敷の略図から見てとれるのは、犯罪現場(2階)からの脱出経路の多さ。

名探偵たちの捜査によって、各所からロープが発見されるに至り、脱走経路は地階か上階かのどちらかだろうと推理できる。

上の階の可能性は早い段階で示唆されるので、正答は地階ラウンジだろうか。というか、サーストン夫人のものと思われている悲鳴が実は別の女性、例えばメイドのイーニドの発声したもので、彼女が共犯者となっていれば、殺害時刻を少しいじれば登場人物のうちほとんどが犯行可能になる。←まあコレでは?

 

有力なのはやはりイーニドの婚約者フェロウズだが、婚約者というのが気になる。もし本当の相手はサーストンだったら?…そんな伏線が全くないのが問題だが。

 

推理

アリグザンダー・サーストン&イーニド(二人には不倫関係がある、もしくは、イーニドはサーストン夫人と婚約者フェロウズとの関係を知り、憎悪からサーストンに協力。トリックはイーニドの絶叫による犯行時間の誤認トリック)

結果

敗北

記憶の補完のためにも、ちょっと多重解決の中身を整理しておきましょう。

 

一つ目の推理、継子ストリックランドとフェロウズの犯行。上でも下でもなく、横にロープを振るという脱出トリックは巧いです。ロード・サイモン(ピーター卿)のトリック披露の瞬間に、スミス師(ブラウン神父)が口出ししたくなるのも頷けるほど、ブラウン神父っぽい盲点を突いた巧妙なトリックになっています。

ただフェロウズが犯行へ加担するのはちょっと強引な気もします。

 

二つ目のピコン(ポワロ)の推理は、トリックも含めて自分のものとかなり似ていました。このタイプの推理は、たしかにポワロが(というよりクリスティ)が好きそうなロマンスを絡めたプロットです。動機がメイドに残される遺産、というのがやや弱い気もしますが、ここにロマンスが絡むとぐっと強固になります。

 

三つ目の推理は、いかにもブラウン神父ぽいゾッとする推理です。ストールの殺人教唆、牧師のライダーによる狂信的な殺人というのは、作中に忍ばされた伏線も相まってなかなか説得力があります。脱出トリックも一つ目の推理の応用で気が利いています。

 

さて、あからさまな多重解決の趣向と、小ばかにしたようにも見えるパロディ描写から、中盤から嫌~な感じしかしていなかったのですが、やはり本命はシリーズ探偵ビーフ巡査部長の推理。

一番シンプルな犯人ですよねえ。目的は金銭?それとも不倫を知っての憎悪?……と思っていたら、まさかの大大どんでん返し!

 

ここまで綺麗に躱されると、負け惜しみで文句言いたくなります。

真実にたどり着くための手がかりのほとんどがアンフェア気味です。これは、結末でのサプライズという一点に集中砲火した代償でしょう。

時間があれば再読して伏線の数々も探してみたいのですが、冒頭に推理小説論を語る登場人物たちの中で、ミステリにロマンを求める印象的な台詞を放つのが真犯人ウィリアムズというのはなんだかニヤニヤします。

また、芝居めいた一幕や、いかにも共犯が必要そうな意味ありげなロープなど、多重解決を用いて複数犯(ビーフの推理前半も共犯前提)を匂わす、いや刷り込むミスディレクションが十全に機能しています。

 

 

 

 ネタバレ終わり

本書の先導役を担うウィリアム・ビーフ巡査部長シリーズは、一作毎に異なった趣向と手法で書かれた作品群ということで、あらすじをサラッと辿ってみると、どれも多様でめちゃくちゃ面白そう。

例えばシリーズ4作『Case with Four Clowns』は、占い師の「殺人事件が起こる」という占いに惹かれてビーフの捜査が始まります。どんなプロットなんでしょうか。気になりすぎます。

 

もしかしたら、まだ日本人が知らない名作がシリーズの中には隠れているかもしれませんねえ…ぜひ各出版社、翻訳者の皆様には、レオ・ブルース普及の促進もお願いしたいところです。

では!

 

*1:国書刊行会『世界ミステリ作家事典』およびWikipedia参照

『スペイン岬の謎』エラリー・クイーン【感想】ぶ厚い物語と堅固なプロットが持ち味

1935年発表 エラリー・クイーン9 井上勇訳 創元推理文庫1959年版

 

本当は島田荘司『占星術殺人事件』の感想を先に書こうと思っていたんですが、このタイミングで本を失くしました。これは、ミステリ界の神“エラリー・クイーン”の「書くな」というお告げなのか。

 

本作はエラリー・クイーンの最も有名なシリーズ“国名シリーズ”の最終作。

最終作と言っても、何かシリーズの集大成だったり、連作的要素は全く無いので、初心者でもチャレンジしやすい作品です。

とはいえ、レギュラーキャラクターのクイーン警視ジューナが登場しないので、気になる方は発表順に『ローマ帽子』から入るのが良いでしょう。

 

あらすじは極力省略したいですねえ…まずは導入部で一つ小噺がありまして。そして、小噺の中には大犯罪がありまして。そんな犯罪が起こった「スペイン岬」へ、エラリーが休暇へとやってきます。

 

今回エラリーは、よくある不運な巻き込まれ型の探偵を演じることになるわけですが、事件自体は、一度目にしたら二度と忘れられないような視覚に訴えるものになっており、この事件を軸に、まったくブレることなく結末まで突っ走っていく勢いがあります。この勢いと、物語の随所にあしらわれている心をくすぐる演出は、たしかに見どころの一つなのですが、ちょっと物足りない、というか…パンチ力不足、というか…

 

もちろんエラリー・クイーンの代名詞とも言える「読者への挑戦状」があったり、手がかりから論理的に紐解かれた美しい真相が用意されているなど、国名シリーズの中でも抜群に上出来の作品だとは思います。しかしながら、物語に厚みがある弊害なのか、ある程度ミステリを読み慣れている読者ならゲームの慣習(いわゆる、当てずっぽう)による推理でも真相に掠ってしまう可能性がありそうです。

となると、せっかく用意された魅力的な謎も、謎を論理的な思考で解き解す楽しい過程も、半ばすっ飛ばして結末まで流してしまうわけで、クイーンものの良さが若干薄れてしまった気がしています。

クリスティのように、読者を掌上で翻弄する巧みな筆致で戦うわけではないので、どうもこのタイプのプロットではクイーンらしさが全面に出ないのかもしれません。

 

上記のような理由で、コアなミステリファンの評価が割れそうな一作ですが、可か不可、ではなく良か可、ほどの誤差レベルだとも思うので、ある程度万人にオススメできます。

 

前半で述べた通り、特殊な効果を持つ導入と、インパクト大の事件、全体を流れる人間味ある物語のおかげで400頁を超えるボリュームも難なく消化できます。そしてオチに待つこれまた印象的な演出で彩られた驚愕の真相

地図や図面が無いため、若干イメージしにくい部分がある点を除けば、ぶ厚い物語と堅固なプロットが持ち味の、海外ミステリ初心者の方でも十分楽しめるオススメの作品です。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

冒頭の誘拐事件からはちょっと芝居臭い感じもする。というかデーヴィッド・カマーを人違いで誘拐、という設定に若干の無理がある気がしないでもない。まあここは素直に受け取っておく。

 

マントのみを着用した裸の男の死体、というオープニングはたしかに衝撃的。

服に因んだミステリと言えばクイーンの『チャイナ橙』を思い出すが、ソレとは違う要因で服を脱がしたのだろう。

 

何点か可能性が提示されるが、「服を着て逃亡した」という可能性が検討されていない。マーコの死体の状況から、浜で絞殺され服を脱がされたのは決定的なので服の行方が重要なポイントか。ただ、海から犯人が来ていないと証明されている以上、なぜ服を着なければいけなかったか証明できないが…

 

物語の筋は、脅迫とゆすりを生業にしている悪党が殺された、ということでほぼ全員が容疑者。

とくに怪しいのはスペイン岬の所有者ウォルター・ゴッドフリー。彼が妻の不貞に知らなかったフリをしていたら?彼のキャラクターで妻を許すという姿が想像し難い。

しかしそうなると被害者はまずステラでないといけないし、ステラが続いて殺される気配もない。う~ん。

 

裸で海から泳いできて、服を着て逃亡したのなら誘拐を演出したデーヴィッド・カマーが犯人だろうけど、実質不可能だしなあ。降参。

 

推理

デーヴィッド・カマー(ぽい)

結果

惜しいトコロまではいってました。

毎回毎回、エラリー本人に騙されるんですけどどうなのこれ?

もちろん、描写自体は決してアンフェアではなく、ミステリとしての格式は高い水準をキープ。

 

まあ、探偵が自身で証明したことを結末部でひっくり返されると、ややゲンナリしたというのが本音なのですが、以外と読後感が良好なのは、やはり事件と犯人の特性のおかげでしょうか。

また、探偵助手を務める経験豊富なマクリン判事に加え、素人探偵の才能を発揮するティラーが良いキャラクターをしています。

 

 

ネタバレ終わり

J.J.マックというシリーズお馴染みの執筆者によるまえがきに始まり、皮肉が利いたオチ、論理性を損なうことなく最後まで手を抜かずに書かれたあとがきに至るまで、国名シリーズの掉尾を飾るにふさわしい名作です。

では!

 

『ささやく真実』ヘレン・マクロイ【感想】浅見光彦系が好み

1941年発表 精神科医ベイジル・ウィリング博士3 駒月雅子訳 創元推理文庫発行

 

典型的な悪女と彼女のドス黒い計画、そしてそれに触発され起こる怪事件。ミステリのテンプレとも言える導入部ですが、ここに浅見光彦系主人公(警察がその正体を知らない名探偵)を演じるウィリング博士と、個性的な登場人物たちが配役されると、巧妙なプロットと想像力を掻き立てられる物語が用意された、素晴らしいミステリに仕上がります。

 

事件が起こるまさにその瞬間まで、小さなサプライズが用意されているのが面白いのですが、それでも肝心要のところは絶妙・巧妙に隠されています。このように、ある程度事件の結末(決して犯人ではない)が見えそうでも、その過程や遷移が中空になっているので、数学の証明問題のように筋道立ててひとつずつ答えに近づく形ではなく、穴あきのパズルを組み立てていくような構成が光を放っています。

 

また、メインの物語だけでなく挿話にも一捻り加えられているのも見逃せません。事件とは別の舞台でウィリング博士が会談する舞踊家との一幕は、それ自体がひとつの謎を提示していながら、間接的に本書の謎にも関わってきます。

ここでは前作『月明かりの男』に登場する人物が再び顔を出すため、先ずはぜひ前作から読んで欲しいところ。

 

犯人当てだけにフォーカスしてしまうと、綱渡り的なやや危なっかしい印象を受けますが、ミスディレクションはちゃんと機能しているので、(途中までは)少なくとも二度三度と翻弄されるはずです。

ただ()のとおり、正々堂々と手がかりが提示されすぎるせいで、終盤になると犯人は見え見えの状態になってしまうのも事実。とはいえ、真相がわかって尚楽しめる作品なのは間違いありません。

再読すると今までの景色がガラッと変わって見える箇所があり、作品の奥深さも感じます。

 

前作、前々作と違い、心理学的な大仕掛けはないので、精神科医探偵の大技を期待するとやや肩透かしを食らう可能性がありますが、ウィリング博士の着眼点、真相への嗅覚にはただただ脱帽。

今までさらりと流されていた手がかりの数々を元に、怒涛の如く犯人へと迫って行く解決編は圧巻です。真相の見え易さというネガティブ要素を気にしなければ、物語の面白さ、オチの味わい深さ、論理的な美しさの点で傑作と呼ぶにふさわしい一冊だと思います。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

自身の利己的な目的のためだけに他者を破滅に追い込む悪女。この設定は大好きだ。この手の人物を殺すとなると、クリスティの作品のテンプレにもあるように人間ドラマがある程度重要になってくる。

事件が起こるのが100頁を超えてからとはいえ、不穏な空気が充満し、爆発寸前になる瞬間が堪らない。

暴露合戦の対象者のうち誰かが犯人であるに違いなく、一定秘密が暴かれた後、さらなる秘密(殺人)を抱えて話が進むのも良い。

 

怪しいやつだと地元警察に睨まれるウィリング博士も好き。浅見光彦シリーズが大好きなのでニヤニヤしてしまう。早く警察関係者だと言ってよウィリング博士!

 

登場人物の中で一番怪しく見えるのはチャールズ

耳が聞こえないのが本当なのかも怪しいし、クローディアの会社の経営者で、資金の使い込みやストを手引きしていた可能性もありそうだ。

 

一方で終盤に差し掛かり、最有力容疑者に名乗りを上げたのは、複雑な和音を聞き分ける(頁218)ほどずば抜けた耳を持つロジャー。そういえば、ほかにも耳が良い描写があった気が…どこだったっけ。

あと思い返してみると、彼だけノボポラミン(自白剤)を飲んでいない。クローディアに薬を盗まれた事実を唯一知っていた人物として、薬を飲まなかった言い訳も完ぺきだし。動機は…まあ痴情の縺れ?みたいな感じで。

 

推理

ロジャー・スレイター

結果

勝利

うんうん。ほぼ完勝と言っていいでしょう。

思い返してみると容疑者候補として、耳の聞こえないふりして振動でバッチリ聞こえている超人と、耳が超絶良い超人が登場する耳ミステリでした。

 

最後の最後、ウィリング博士の仕掛けた罠はさすがに強引で引っかかる犯人も馬鹿だな、とは思いますが、不思議と読後感は悪くないんですよねえ。

犯行方法から犯人が医学に長けている人物だと示したり、ノボポラミンの効能から犯行可能なのがロジャーただ一人だった、など聴覚以外の重要な手がかりからも的確に犯人を指し示すウィリング博士の卓越した手腕のおかげでしょうか。

 

また、若林踏氏の巻末の解説

謎解きが終わった後にこそ、真のドラマが始まるのだ。

の通り、再読して改めて犯人の葛藤や憎しみが文脈から溢れてくるからかもしれません。

本格ミステリで人間ドラマも楽しみたい人間にしてみれば、この手の作品の方が好みです。

 

 

 

ネタバレ終わり

この例示が正しいのか、また、的確に指摘できる部分もないんですが、どことなくクリスティが書きそうな、黄金時代初期の雰囲気も感じます。決して“古き良き”というわけではなく、新しい要素も織り交ぜつつも懐かしさを感じる作品です。

では!

『月明かりの男』ヘレン・マクロイ【感想】心理学をオチに使わない贅沢な一作

1940年発表 精神科医ベイジル・ウィリング博士2 駒月雅子訳 創元推理文庫発行

 

粗あらすじ

ヨークヴィル大学を訪れたフォイル次長警視正は、詳細な殺人計画が書かれたメモを拾う。警察官の勘か、妙な胸騒ぎを覚えたフォイルだったが、意を決する前に一発の銃声が静寂を破った。事件現場から逃げ出した人物は、月明かりに照らされた姿を複数人に目撃されていたが、その証言はどれ一つ一致せず、男か女かすらわからない始末。一方警察への協力を求められたウィリング博士は、摩訶不思議な実験が行われていた大学内で捜査を始めるが、何かを隠す登場人物たちや、意味ありげなシンボルに翻弄される。

 

前作『死の舞踏』もそうでしたけど、謎の発端と物語への導入部は満点です。レギュラーキャラクターであるフォイル次長警視正の視点で物語が語られ、彼が事件発生後も綿密な初動捜査が行われるところまで責任をもってその役を担うので、無駄な描写や省かれる手がかりがほとんど無くすんなり推理に入り込めます。

また、ここで提示される“月明かりの男”の謎がまた芳醇です。三者三様の異なった目撃証言の真意はしっかり結末部まで引っ張られますし、そのほかにも現場の謎や死体の謎、登場人物の謎に大学の実験の謎、など多数の謎が真相を守る堅牢な盾になっています。

 

そしてそれらの謎を解き明かすために、精神医学の実験(嘘発見器など)というド直球と、時代背景を取り入れた骨太のプロットという変化球が織り交ぜられているのも見逃せません。ココがウィリング博士シリーズ最大の魅力と言っていいでしょう。

また、真相に直結するわけではないのですが、登場人物に用意されたあるサプライズなんかは、これぞ精神科医!という題材に沿った特色あるサプライズでありながら、物語の展開にも影響を与える副次的な効果が秀逸です。この記事を書いている現在もマクロイの作品は併読中で、今のところ第4作まで読んでいるのですが、その全てで精神医学や心理学的要素をただのオチにするのではなく、物語に組み込んだうえで、謎と解決に結びつける卓越した構成力に瞠目させられます。

 

中盤は派生的に事件を広げ、読者を飽きさせないような工夫が多々見られますが、逆に散らかった印象も拭えません。もちろん結末部ではそれらの伏線は全て回収されるのですが、いかんせん物量が多いだけに「何が謎だったっけ?」と頁を遡らなければならないこともしばしば。

読みながらしっかりメモを取ったり、一気読みする習慣がないのが良くなかったのか、謎解きという点では少しダラけてしまいました。

あと、ミステリにロマンス、という個人的に大好きな組み合わせも登場するのですが、謎解きには少し邪魔というか前述の心理学的要素とのマッチングに比べると合っていない気もします。

 

最後にグチグチ言いましたが、有無を言わせない圧倒的なサプライズは健在で、論理的な美しさも高水準。80年も前に発表されたとは思えないほど、説得力のある心理学描写とミステリの完ぺきな融和を体験できるというだけでも、ぜひ多くの人に読んで欲しい名作です。

 

ネタバレを飛ばす

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

メインの謎、“月明かりの男”がただの見間違いなのか、それとも全員が正しいというトリッキーな答えなのか迷う。“見間違い“がウィリング博士の言う「心理学的な指紋」なのだとしたら、一人だけ女だと言ったソルトが怪しく見える。

遺書の“打ち間違え”も間違いなく手がかりの一つだろう。まあ、どう真相に繋がるかは全くわからないが…

 

コンラディの秘密の研究とドイツ人留学生の自殺など、豊富な派生を見せる中、どうコンラディ、エミリー殺害に繋がるのか見えない。さらに、円形に十字のシンボルと奇怪な行動をとるホールジーの謎が絡みだすと何が何やら…

 

終盤に入り、コンラディ、ディートリッヒ殺害の動機が明らかになると、犯人はぐっと絞り込まれる。フェンローかソルトか、どちらかだろう。ウィリング博士が「愛国心か金銭欲か」と言っているし。

 

推理

ジュリアン・ソルト(の方がフェンロー博士よりかは面白そう)

結果

勝利?

慣習による推理のため、勝利とは言い難いうえに、候補者が少ないにも関わらずソルトが犯人だとわかった瞬間には驚きました。

目撃証言の違和感には気づいたのに、論理的に事件を構築できなかったのは悔しいです。

 

ミステリの様式で言えば、心理学の連想実験が、犯人の炙り出しのためでなくホールジーの秘密を暴くために用いられるなど、かなり贅沢な構成になっていますし、手に汗握るサスペンスフルな犯人との対峙シーンも素晴らしいの一言。前作以上に磨き上げられた本格ミステリなのは間違いありません。

 

 

 

ネタバレ終わり

美しいパズルと緊迫したサスペンスが魅力の一作ではあるのですが、登場人物はいささか紋切り型。犯人も含めてペランペランな気がしないでもありません。もちろん、人間が書けているかどうか、というのがミステリに必須ではないとはいえ、もう少し人間味のある配役ができていれば、読み応えはあったかもしれません。

では!

『死の舞踏』ヘレン・マクロイ【感想】ホットな死体と、クールな探偵

発表年:1938年

作者:ヘレン・マクロイ

シリーズ:ベイジル・ウィリング博士1

訳者:板垣節子

 

ヘレン・マクロイにチャレンジするのはこれで二度目。初挑戦は、なんの気紛れかベイジル・ウィリング博士シリーズ第5作『家蝿とカナリア』からでした。該当記事は、海外ミステリ初心者だった鼻たれ小僧時代の記事なので、紹介が憚られます。

 

ということで初心に返ってまずは作者紹介から。

ヘレン・マクロイという女

1904年ニューヨークに生まれたヘレン・マクロイは、日刊紙の編集長である父の才能を受け継ぎ、14歳という若さで評論原稿で収入を得るほどの才人でした。

その後、パリの大学に進学し、アメリカの新聞社の特派員として働く傍ら、評論やミステリ、詩などを発表し生計を立てます。

 

主なシリーズは、本書でデビューした精神科医ベイジル・ウィリング博士。「心理的な指紋」と呼ぶ精神分析によって見出される手がかりを元に、数々の難事件を解決へと導くミステリ界屈指の名探偵です。

本書のような本格ものから、サスペンス溢れる作品まで、数多くの名作を世に送り出した彼女は、女性では初めてMWA(アメリカ探偵作家クラブ)の会長を務めた人物でもあります。

近年、続々と未訳長編が翻訳されている勢いのある女性作家なので、この機会に名前だけでも覚えて帰ってください。

 

 

本書のあらすじは、帯をお見せするだけで十分でしょう。

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帯下の紹介分までクールです。

 

本書、実はちょうど1年くらい前まではレア中のレア本(古本で1万とか2万はザラ)でした。

それが今では普通に定価以下で売ってますし、新品も紀伊国屋とかに並んでるんで驚きです。入手するとしたら間違いなく今がチャンス。

 

 

閑話休題、帯にもあるとおり魅力的すぎる事件の発端です。でも、これだけじゃないんです。

いや、これじゃない、が正解でしょうか。

本書の真の魅力は、異常でホットな死体ではなく、ウィリング博士の言う「心理的な指紋」の数々です。魅力的な「事件の謎」ではなく、魅力的な「手がかり」の数々に着目して読みましょう。

意識的な言動ではなく、無意識化の言動やちょっとした言い間違い・勘違いなどのミスが、謎の解決に一役買っている点が他のミステリにない最大の美点です。ともすれば、このテの手がかりは突拍子もなく眉唾物に思われてしまう可能性もありますが、本書の場合はどれもが説得力を持ち、手がかりの真の意味が明かされたときに、解決編も含めて重みのあるサプライズにつながるのも見逃せません。

また、探偵の真相を閃いた瞬間も丁寧に描写されているのも好きなポイント。ウィリング博士のクールな雰囲気が作品とも絶妙にマッチしています。

プロットの秀逸さも抜群で、1920年代の作品とは明らかに毛色の違う、黄金時代後期を代表する名作だと言えます。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

雪の中で熱中症らしい状況で見つかったアツアツな美女の死体。というだけでツカミは十分。

しかし、さらっと毒物による中毒死だと明かされるので、いささか面食らう。大丈夫か、そんなに簡単に明かして(あと200頁持つの?)。

 

第13章(頁144)で「心理的な指紋」の重要性が指し示されてから、入念に犯人のミスに視点が誘導されていく。うっかりミスねえ…

第18章ではわざわざ登場人物たちの心理的な指紋を一つひとつ提示し、改めて読者へ考察させる丁寧ぶり。

このどこかに犯人を指し示す重要な手がかりがあるはず…なのだが。

 

いち探偵として挑んでみると、まずスベルティスの副作用を知っている人物でなければ、殺人はできない。単純に伯父のエドガーが容疑者候補。

しかし、機会があっても動機は皆無。というか、そもそもキティを殺したいとはっきりとした殺意を抱いていた人物すら見つからない

気が付くと解決編…降参。

 

推理

結果

キャサリン・ジョウィット(愛娘がダイエット薬の副作用で死んだのに、企業にスキャンダルをもみ消される。さらに、その薬の宣伝モデルが自分では呑んでいなかった事実を知り生じた歪んだ復讐心。)

 

ホワイダニットのひとつの完成された形です。

う~ん、これからは特殊な形の毒殺が出てきた場合、その毒で過去に死んだ人物にも着目しなければならない、と教わった気がします。

最も決め手となる「心理的な指紋」が英語の綴り間違い、ということで、日本人にとってはかなりアンフェアな記述にはなっていますが、ここを仕方ないと受け流すことができるか・我慢できるかどうかで評価が大きく変わります。

個人的には、ちゃんとキティの署名(随所に登場)と犯人の名前がちゃんと英語で書かれていて関連性が提示されても、動機まで推理できたか怪しいと思っています。

 

 

ネタバレ終わり

オチまで美味しく楽しめる傑作長編であるうえに、物語の余韻が良いです。事件解決後の世界にも思いを馳せたくなるような独特の余韻が、どことなくクリスティの作品群を想像させます。

事件の題材は、現代でも色褪せない性質を持つので、この機会に重版・文庫化され多くの人の手に渡るといいなあ。

では!

 

物語のクセがすごい【感想】G.D.H.&M.コール『百万長者の死』

発表年:1925年

作者:G.D.H.&M.コール(夫妻)

シリーズ:ヘンリー・ウィルスン警視2

訳者:石一郎

 

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。本年も僕の猫舎をどうぞよろしくお願い致します。まだまだ昨年の読書感想が残っているので、まずはその消化から。

 

 

本書『百万長者の死』が発表された1925年といえば、クロフツが『フレンチ警部最大の事件』でフレンチ警部を初登場させ、バークリーが“”という名義で『レイトン・コートの謎』でデビューし、ノックスが異色作『陸橋殺人事件』を発表するなど波乱に満ちた年。

そんな年に、ジョージ・ダグラス・コールマーガレット・コールという、二人そろって社会主義活動家で経済学に長けた夫婦が発表したのが本作になります。教養高い二人が共に作っただけあって、「お高い」「退屈な」ミステリという印象を与えがちなコール夫妻ですが、実際はどうなのでしょうか。

コール夫妻の他のシリーズの中には、本作のウィルスン警視シリーズ以外にも、私立探偵である息子を助けるワレンダー夫人シリーズ、なんてのもあるみたいです。絶対面白いよなあ…

邦訳化されている作品は入手難易度が高く激レアですし、邦訳化も少ないのでこれからどんどん紹介してほしい作家の一人です。

かくいう本書も↓こんな具合なので、併せて復刊してもらえると助かります。


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ISBNコードすら存在しない…


あらすじ

ロンドンで最高級のホテル、サグデンホテルに滞在する傑物イーリング卿は、秘密の会談を行うため交渉相手レスティントン氏を待っている。待てど暮らせど姿を現さないレスティントンに業を煮やした卿が彼の部屋に飛び込むが、そこはもぬけの殻にもかかわらず、紛れもない犯罪の痕跡があった。部屋から消えたロシア人秘書と鉱石の山、そして彼らの秘密裏の盟約には何の意味があるのか。

 

結構多めにあらすじを紹介してしまいましたが、基本的にずーっとこの謎を最後まで引っ張るので楽しみを削ぐことはないはず…

イギリス一の富豪で、政界の有能な権力者で、大企業の社長という傑物がしゃしゃり出て物語を搔き乱すので、いち警察官が地道に捜査を進めるのも一苦労。(彼は違う百万長者)

関係者たちが一様に本当のことを言わず口を閉ざす、という圧倒的不利な状況下で、ヤードの担当警部ブレーキと上司ウィルスン警視が苦労を重ねながら少しずつ真相へと迫ってゆきます。

たしかにこの地道な過程だけ見ると、クロフツっぽいっちゃあぽいのですが、物語の筋にも着目してみるとドラマチックさはホームズものを彷彿させますし、ブレーキ警部とウィルスン警視のバディものとしても楽しめます。

さらに肝心要の事件の真相については、(ぼんやりとしか言えませんが)さすがコール夫妻と唸らされるだけの風刺があふれた厚みのあるネタになっているので、ぜひ多くの読者に体験してほしいところです。

そして最後に待ち受けているのは、ブラックよりの皮肉に満ちたオチ。1920年代にあって、これだけメタ的要素を出した作品はかなり珍しいと思います。

 

なかなか容易に手にすることはできないかもしれませんが、王道な1920年代の本格ミステリの中でクセがすごい一品として、古本屋で見つけたらぜひ手に取っていただきたい作品でした。

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

死体消失、とくればやはり、そもそも死体が無かったと疑いたくなるところ。

そうなると先ず疑いたいのは部屋に閉じ込められていたカルペパー氏。ラドレット(レスティントン)の死体を見た、というのはカルペパーただ一人の証言によって支えられている。

しかしながら自分で自分を縛ることはできないので、単純に考えるとカルペパーは容疑者と共犯しラドレットを殺害したように見せかけ、ローゼンバウムという案山子を用意したことになる。

 

一度、もう一人の重要参考人ジョン・パスケット(と名乗る)人物の視点で考えてみよう。

彼曰くラドレットとともに脱獄したらしいが、中盤以降ラドレットがすでに死んでいる、という情報が飛び出す。

ではなぜパスケットは嘘をついているのか。

間違いなくラドレットの財産を端に発する詐欺事件に違いない。

 

一方でカルペパー一家の動静にも進展があり、なんらかの策謀の様子も見られる。

中心にあると思われる、故ラドレットの特許事業と、それを欲するイーリング卿、財産(権利)相続に一口乗ったカルペパー、そして相続人パスケット、で事件は完成だろう。

 

推理

犯人なし(ラドレットはすでに死んでいる)

事故を偽装しただけ

結果

うんうん。大筋は合っていました。

合って、というよりか、全て順序立てて丁寧に説明されるので、それをそのまんま順番に読んだだけなんですけど…笑

 

話の面白さはもちろん、物語が進むにつれて悪党の顔になってくるイーリング卿がいい味を出しています。悪党と探偵、という構図だけではなく、悪党とその甥という別軸の対決が用意されているのも巧みです。

また、詐欺に加担した大悪党にもかかわらず、持つ権力故に正面から抗えない、というのも皮肉が利いています。

 

一口にこんなミステリですよ、と言えないのが実に良いですよねえ。社長が自社の利益を最優先に詐欺をはたらくという点では企業犯罪なんですが、一方で社長も騙されていて殺人事件の真相を知りたいわけで、根底にはしっかりと殺人事件を追及する流れができています。

挿話に注目すると、はたしてパスケットはクロかシロか怪しげな人物として映るので、殺人か事故なのではないか、という雰囲気も漂ってきます。

じっくり読み込めば、もっと味わい深くなる作品かもしれません。

 

 

 

ネタバレ終わり

従来の型にはまったミステリを期待する読者なら肩透かしを食らうこと間違いなしだとは思います。

なので一度先入観を取っ払って、トリックの秀逸さやプロットの出来だけではなく、ストーリーテリングの巧さに着目して読むと、その輝きがしっかりと感じ取れるはずです。

では!

2018年読了海外ミステリベストテン

早いもので2018年ももう終わり。今年は昇格試験の年ということもあって、10月以降ガックリ読書数を落としてしまい最終結果は49冊(うち海外ミステリは45冊)でした。週一ペースを維持できず残念な気持ちもありますが、生涯ベストに肉薄する傑作と国内ミステリの最高峰と呼ばれる作品に出会えたので達成感は十分。

 

2018年読了ミステリベストテン

第10位『ラバー・バンド』(1936)レックス・スタウト

私立探偵ネロ・ウルフものを読み始めた時は、ここまで面白くなるとは想像もつきませんでした。シャーロック・ホームズものの古き良き雰囲気の中、緻密なプロットで書かれた優れた長編です。

前言撤回します。【感想】レックス・スタウト『ラバー・バンド』 - 僕の猫舎

 

第9位『ホッグズ・バックの怪事件』(1933)F.W.クロフツ

作者クロフツの安定した手腕の中に垣間見えるチャレンジ精神・開拓精神が完ぺきにハマっています。拘りや自分の強みを残したまんま、シリーズいち憎むべき犯罪が扱われているのも着目ポイントです。

絶妙な配合比率で生み出された力作【感想】F.W.クロフツ『ホッグズ・バックの怪事件』 - 僕の猫舎

 

第8位『赤い箱』(1937)レックス・スタウト

章毎に面白さが雪だるま式に増してゆく、というだけでも、ベストテンに入れたくなる良作でした。決して白眉のトリック・真相が用意されているわけでもないのに、物語に秘められた謎だけでここまで引っ張れるのは凄いと思います。

全章フルスロットル【感想】レックス・スタウト『赤い箱』 - 僕の猫舎

 

第7位『ビロードの爪』(1933)E.S.ガードナー

アメリカのハードボイルドの醸し出す雰囲気があんまし好きじゃないので、入り込めるか心配でしたがなんのその。

超個性的な一人の女性を始めとして、まったく無駄のない配役が見事です。探偵役が弁護士、というのも初めてだったのでただ純粋に楽しめた一作です。

ソフトボイルドがいい塩梅【感想】E.S.ガードナー『ビロードの爪』 - 僕の猫舎

 

第6位『ビッグ・ボウの殺人』(1892)イズレイル・ザングウィル

程よいテンポ、密室トリック、推理合戦の趣向、豊富なサプライズ、魅力的な法廷描写、どこを切り取っても一級品という作品はなかなかありません。1800年代に書かれたとは思えない傑作長編でした。

控えめに言って傑作【感想】イズレイル・ザングウィル『ビッグ・ボウの殺人』 - 僕の猫舎

 

第5位『サウサンプトンの殺人』(1934)F.W.クロフツ

丁寧で硬派な題材にもかかわらず、すいすい読めてしまう上に、話自体が面白い。シリーズ12作目なので、安易に手を出しにくい作品かもしれませんが、過去作のネタバレは無かった(はず)なので、少し無理してでも読むのをオススメしたい作品です。

丁寧な仕事してます【感想】F.W.クロフツ『サウサンプトンの殺人』 - 僕の猫舎

 

第4位『スペイン岬の謎』(1935)エラリー・クイーン

まだ感想が書けていません、申し訳ない。

今までの国名シリーズのらしさが全面に出ながらも、人間ドラマにも力が割かれているおかげで抜群に読みやすい作品でした。続きはまた今度。

 

第3位『オシリスの眼』(1911)オースチン・フリーマン

クラシックミステリの名作が3位にランクインです。これは感想記事で書きたいことは全て書いたので、そちらをご覧ください。

真のクラシック・ミステリ【感想】オースチン・フリーマン『オシリスの眼』 - 僕の猫舎

 

第2位『死の舞踏』(1938)ヘレン・マクロイ

こちらもまだ感想が未完成です。

一度読んだら忘れられない魅力的な事件の発端と、驚愕の真相が堪りません。デビュー作でこれだけハイレベルなんですからねえ。

 

第1位『蝋人形館の殺人』(1932)ジョン・ディクスン・カー

本作は今年だけでなく、生涯ベストの中でもベストテンに堂々と入る傑作です。初期のバンコランものとは少~しキャラクターが丸くなっているきらいもありますが、それが奏功しているのは確かでしょう。

カーといえばH・M卿フェル博士だけじゃない。パリ予審判事アンリ・バンコランの真の実力が発揮されています。

ベスト・オブ・バンコラン【感想】ジョン・ディクスン・カー『蝋人形館の殺人』 - 僕の猫舎

 

隠れた名作たち

ベストテンには入らないものの、一度読んだら忘れられない隠れた名作(迷作)たちをご紹介します。

 

『編集室の床に落ちた顔』(1935)キャメロン・マケイブ 

国書刊行会発行世界探偵小説全集の中の一冊ということもあって、入手難易度の高さがネックですが、奇書よりの一冊として絶対忘れられないミステリです。

扱われている題材は正統派本格っぽいだけに、結末に進むにつれ徐々に崩壊していく様が圧巻です。

推理小説殺し【感想】キャメロン・マケイブ『編集室の床に落ちた顔』 - 僕の猫舎

『黒衣の花嫁』(1940)ウィリアム・アイリッシュ

初アイリッシュでしたが、完全にハマりました。

解りやすいプロットの中にしっかりとサプライズが用意されているうえに、結末で感じるカタルシスや従来のミステリとは一線を画す性質を持っています。

アイリッシュの作風でもある孤独や遣る瀬無さが滲み出る名作です。

サスペンス小説の匠による名作【感想】コーネル・ウールリッチ『黒衣の花嫁』 - 僕の猫舎

 

短編部門

短編部門のエントリーは全8作品。豊作揃いでどれを紹介しようか迷います…

 

『ルパンの告白』(1911)モーリス・ルブラン

ご存知アルセーヌ・ルパンシリーズの一作です。古い訳でもまったく障害にならない素晴らしい短編がたくさん詰まっています。珠玉の傑作『赤い絹のマフラー』は、最近改版された創元推理文庫の『世界推理短編傑作集2』にも収録されていますので新訳版が読みたい方はそちらもおすすめです。

ルパンの多面性を堪能【感想】モーリス・ルブラン『ルパンの告白』 - 僕の猫舎

 

『タラント氏の事件簿』(1936)C.デイリー・キング

幻想的で摩訶不思議な短編集です。もちろん骨太の本格ミステリもあるのですが、奇妙味がある作品の方が面白いです。どの作品が、というより連作短編としてじっくり味わってほしい一冊でもあります。

変な武器で変な攻撃してくる刺客【感想】C.デイリー・キング『タラント氏の事件簿[完全版]』 - 僕の猫舎

 

『エラリー・クイーンの冒険』(1934)エラリー・クイーン

間違いなく短編集部門の頂点に君臨するであろう最高品質の短編集です。クイーンの“神”たる所以を理解できます。

神たる所以【感想】エラリー・クイーン『エラリー・クイーンの冒険』 - 僕の猫舎

 

『アブナー伯父の事件簿』(1918)M.D.ポースト

作品自体の質というよりもその世界観が好みです。1800年代のエネルギッシュな開拓時代のアメリカが舞台というだけで、ワクワクしてきます。『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズの『SBR』っぽい感じ…ってわかりますかね?

新訳化急募【感想】M.D.ポースト『アブナー伯父の事件簿』 - 僕の猫舎

 

あと2018年は久しぶりに国内ミステリを読みました。島田荘司『占星術殺人事件』です。この超傑作をネタバレに合わないうちに読めたのは幸運でしたねえ…しかし、トリックや凄みは確かにありますが、読者との距離は遠いというか、モヤっとする部分もあったり…当ブログで感想記事として公開するかはまだ迷っています。

 

 

ということでだいぶ駆け足にはなってしまいましたが、2018年の総括は以上です。

今年の10月以降は受験勉強もあってほとんど読書ができませんでしたが、来年合格してたら…気合を入れてバンバン読書したいと思っています。逆に落ちていたら…来年も受験勉強が待っています。考えたくねえ…

 

まだまだ貧弱なブログではありますが、1年間読んでいただきありがとうございました!来年もよろしくお願いいたします。

よいお年をお迎えください。

では!

新訳化切望【感想】M.D.ポースト『アブナー伯父の事件簿』

発表年:1918年

作者:M.D.ポースト

シリーズ:アブナー伯父

訳者:菊池光

 

 

今年は短編集を読む機会が少なく、結局たった7作品しか読めなかったのですが、その中でも断トツにお勧めしたい短編集が本書です。まずは初ポーストということで作者紹介から。

M.D.ポーストという男

メルヴィル・デイヴィスン・ポーストは1869年牛や馬の飼育で生計を立てている一家の長男として、アメリカ・ウエストバージニア州に生まれます。そんな環境から子どものころから牛や馬と触れ合う活発な少年でしたが、大学では法律について学を深め卒業後は弁護士として腕を振るいながら、夢であった作家にも果敢に挑戦してゆきます。

個人事務所の開設、結婚、子どもの誕生など順風満帆に見えた矢先、生後18か月で愛息子が他界。ポースト夫妻は深い悲しみを癒すため、仕事も辞めヨーロッパ旅行に赴きます。この時の経験が活きたのか、ポーストはイギリスの大衆雑誌にも連載を開始するようになり、1907年悪徳弁護士ランドルフ・メイスンもので作家としての地位を確固たるものにするのでした。

1914年に実母が亡くなって以降、拠点を故郷に移し、アブナー伯父の短編集を出版。その人気はますます高まります。しかしながら、ポーストの晩年は最愛の妻と父の死も重なり孤独なものだったようです。愛馬〈マーゴ〉を乗り回したり、隣人を招いて会食をしたりと、その孤独を紛らわす中、なんとその愛馬から落馬。その時の怪我がもとで1930年61歳の生涯の幕を閉じました。

 

本書「アブナーもの」も面白いんですが、それ以上に気になったのが、もう一つの主要シリーズ、史上初の悪徳弁護士ランドルフ・メイスンもの。法の抜け道を利用して犯罪者の無罪を勝ち取る、というのが大筋なようで、めちゃくちゃ面白そうなのですが、『クイーンの定員』に選ばれている作品しか邦訳では読めないのは残念すぎます。こちらも邦訳化が待ち望まれるシリーズかもしれません。

 

探偵役アブナー伯父について

一言で表現するなら、史上最も戦闘力の高い探偵、それがアブナー伯父です。推理小説の勃興から100年以上経ち、銃をバンバンぶっ放す探偵も数多く登場してきましたが、神の威光を感じさせる厳格で絶対的な力を持った探偵はアブナー伯父ただ一人です。

以下、本書第一編『天の使い』の一文です。

彼は、戦う教会の一員で、彼の神は、軍神である。

(一瞬、関羽かなんかかな?とは思いましたね)

 

常にポケットには聖書が入っており、気が向いたらいつでも読む、みたいな信心深いエピソードと全くマッチしない激烈な性分に最初は面食らうはずです。

しかし、直接的な暴はほとんどなく、聖書の警句や神への畏怖などの人々の信仰心に火をつけるような巧みな話術にこそ、彼の本質が感じられます。

似たような聖職者探偵ブラウン神父とは一味違い、第一印象からひとかどの人物であることがわかる超個性的な探偵ですが、決して非人間的ではなく、むしろ純粋に悪を憎む正義感の強すぎるおじさん、それがアブナー伯父なのかもしれません。

 

この「伯父」ですが、本編の語り手がアブナーの甥である9歳のマーティン少年だからで、彼はポーストの少年時代を投影したキャラクターだと言われています。

9歳の男の子の視点ですから、少年らしいユーモラスな筆致も魅力の一つなのですが、同時にアブナー伯父に対する羨望と畏敬の念もひしひしと感じられます。

 

あと書いておかなければならないのは、本書の舞台が1800年代前半のアメリカ開拓時代だという点。

アブナー譚が初めて世に出たのが1911年ですから、本書は約100年前を舞台に書かれたある意味歴史ミステリであり、さらには作者ポーストの目線で書かれた自伝的推理小説という点も忘れてはいけません。

本書を読んで200年前のアメリカに旅立ち、アブナー伯父とともに開拓時代の熱気溢れる厳しくもエネルギッシュな物語を堪能してください。

 

各話感想

『天の使い』(1911)

語り手マーティンとアブナー伯父の初登場作品です。

銀行など全くない時代、金の支払いという重要任務に就いた9歳の子どもの視点で物語は進みます。

謎と解決というミステリの根幹部分はアブナー伯父に丸投げ状態ですが、罪を犯す意を決した人間の表情はとても印象的です。

 

『悪魔の道具』(1917)

短編集にはお馴染みのの盗難事件が題材です。

単純なフーダニットに落ち着くのではなく、盗難品の性質がちゃんとミステリに反映されているので、想像以上にサプライズを感じる一編です。アブナーの推理小説作家としての力量を推し量るにはもってこいの作品です。

 

『私刑(リンチ)』(1914)

状況証拠に基づいて結論を急ぐ危うさを、「私刑」を通して表現した異色作です。

はっきりと謎が提示されるわけでも、どんでん返しがあるわけでもないのですが、アブナー伯父の果たす役割には捻りが利かされています。

 

『地の掟』(1914)

摩訶不思議な状況で消失と出現を繰り返す金貨のお話。不可能色溢れる題材と、濃い登場人物たちが印象に残る佳作です。

しっかり手がかりも提示されており、短編としての完成度が高いだけでなく、事件を〈魔女の伝説〉に絡めるなどエンタメ性も十分。

 

『不可抗力』(1913)

本書の中でも上位の一作です。

“神の御業”としか言いようがない不可抗力による事故で死んだ男が、如何にしてその不幸を身に招いたのか。

解決までのプロセスに明らかな欠落があるのは事実ですが、そこが補完されていれば屈指の名作短編になっていたであろう作品です。オチもアブナー譚を代表するかのような印象的なものになっています。

 

『ナボテの葡萄園』(1916)

ここにきてシンプルな殺人事件が登場します。仔細を分析してしまうとただの捜査記録以上のものではないかもしれませんが、物的証拠に着目し、法廷という魅力的な舞台の中で大どんでん返しをやってしまう手腕には脱帽です。

オチまで勢いを落とすことなく、スピード感があるのも特徴でしょう。本書を代表する一編であることに違いはありません。

 

『海賊の宝物』(1914)

いやあ巧い一編です。

遺産相続に絡む招かれざる放蕩息子の帰郷、というよくあるテーマの事件。

もちろん真相はあからさまに目の前にぶら下がっているのですが、解決までの過程に工夫が凝らされています。最後の一言がビシッと決まるのも快感です。

 

『養女』(1916)

こちらもシンプルな殺人事件。

“養女”を取り巻くドロドロとした雰囲気も良いのですが、やはり決定的証拠を頼みの綱にしたその構成力に目を見張るものがあります。もちろん、時代を考慮しないといけない部分もありますが、本書の中では好きな一編です。

 

『藁人形』(1917)

本書中ベストを決めるなら間違いなく本作です。

一見どこにでもある強盗殺人のように見える事件ですが、現場の状況には不審な点ばかり。ちゃんと犯人を指し示す決定的な証拠も巧妙に描かれており、フェアプレイの観点でも満点。100年以上の時の経過にも耐えうる名作短編です。

また、アブナー伯父の探偵観にも読み応えがあり、ミステリファンには是非ともお勧めしたい逸品です。

 

『偶然の恩恵』(19??)

迫力満点の一編が登場します。

サプライズを犠牲にして描かれるのは、アブナー伯父と犯罪者のヒリヒリとした一騎打ち。

話が進むにつれ事件の全容が少しずつ明らかになり、緊張感が高まっていくのが堪りません。何度読んでも楽しめる一作です。

 

『悪魔の足跡』(1927)

殺人が題材の“馬”ミステリです。

開拓時代のアメリカという背景と、事件が起こる舞台、そして小道具が絶妙にマッチした作品ですが、他の短編に比べると似たり寄ったりの部分が多いのも事実。訓話めいた、という点ではブラウン神父譚に通じるものがあります。

 

『アベルの血』(1927)

骨太のトリックが用いられている点で、本書の中でも注目すべき一作です。

現場に残された手がかりの一つひとつから的確に犯人を指し示すアブナー伯父が圧巻です。

あのクイーンが「完璧なタイトル」と評したのも頷けるオチのゾクゾクした感じ(宗教画っぽい雰囲気も好き)を是非体験してほしいです。

 

『闇夜の光』(1927)

「夜であった。」という、なんとも意味ありげな書き出しで始まります。

それ以外特筆すべき点はないのですが、脇役のアダム・バード老(『アベルの血』にも登場)が良い味を出しています。

 

『〈ヒルハウス〉の謎』(1928)

執筆順にしても最後のアブナー譚が本中編です。

ボリュームに比べるとミステリのエッセンスは物足りませんが、やはり解説でも触れられているとおり登場人物の一人がミソです。本作を読んで第一編『天の使い』を読むとまた味わい深いものがあります。

 

まとめ

論理的に整った素晴らしい短編集というわけではありませんが、1900年代の前半に発表された作品群ということを考慮すると求められるモノは違ったわけですから、そこらへんはご愛敬。

味わってほしいのは、アブナー伯父の迫力ある語り口と、インパクトのある解決方法の数々です。

ブラウン神父とは違い正式な聖職者ではないからこそ導き出せる解決手法は、法という規範意識がまだまだ徹底されていなかった1800年代のアメリカにもピッタリはまっています。

ぜひ昨今の古典ミステリブーム(?)に乗っかって新訳化を切望する短編集でした。

では!

 

丁寧な仕事してます【感想】F.W.クロフツ『サウサンプトンの殺人』

発表年:1934年

作者:F.W.クロフツ

シリーズ:フレンチ警部12

訳者:大庭忠男

 

染みわたるわあ~、砂漠で飲むお水くらい染みわたる。アクの強いカー作品を読んだ後ということもあって、真っ直ぐな作品に出会うとすいすい読めてしまいます。

今日紹介するのは、「今年はクロフツ祭りだ!」とか言っておきながらたった8作しか読めていないフレンチ警部シリーズの第12作。

 

本書はミステリとしての装いにひと手間加えられたプロット重視の名作なのですが、単体としてだけでなく、シリーズ作品としても感慨深い、記念すべき一作でもあります。

未だフレンチ警部に出会っていないそこのあなた!

新訳版も出ているので、ぜひシリーズ第一作『フレンチ警部最大の事件』からチャレンジしてほしいです。

 

間の10作も粒ぞろいなんですよこれが。名作『スターヴェル』や『海の秘密』、プロットの妙技が光る『二つの密室』にサスペンスフルな『死の鉄路』、絶対的悪が登場する『ホッグズ・バック』も捨てがたいです…

 

 

では感想をば。

本書の核心となるネタをあまり明かしたくないので、あらすじは省略しますが、題材はクロフツが得意とする企業犯罪です。この犯罪の行程がまず面白く、動機や手法にも説得力と確かなリアリティがあります。

また、当時の時代背景や、人々の生活環境がばっちり反映されているので、ミステリとしてだけでなく激動のヨーロッパの情勢に触れることができるのも楽しみの一つです。

 

そして、この設定を背景に、クロフツが用意した仕掛けをもって絵が描かれると、とたんに特殊な効果が発揮されるのが堪りません。

クロフツ従来の作品に比べると、丁寧に描きすぎて犯人まるわかり、トリックモロ見えみたいな弊害が全くなく、丁寧に堂々と描かれていながらも、一部分が見えそうで見えない、歯痒い感じが常にあります。ここに、推理を楽しむ余地が生じるのです。

 

一方、探偵役のフレンチ警部による捜査はいつも通り、地道で堅実そのもの。お旅行気分満載とはいきませんが、自分だけの知識では解決できない点は専門家から学んだり、得た知識を実地検証したりと、いつものフレンチ流探偵術だけでも、ワクワクしてきます。

どの捜査をとっても無駄足というわけではなく、フレンチ警部にとってはむしろ可能性の排除と言う点で、得るものがないのは進展の一つです。

この丁寧さこそ他のミステリ作家には出せない色なので、トリッキーな作品が好みの方にも一度はクロフツ作品に触れてほしい所以です。

 

あとは味わい深いオチでしょうか。

多少説明くさい文章にはなっていますが、ちゃんと登場人物のその後まで配慮が行き届いているので、読後感も爽やかです。

また次の作品でお会いしましょう、とフレンチ警部が優しく手を振っている姿が想像できる、そんな柔らかなミステリでした。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

本書旧装版の帯にも書いてあるように、「倒叙+本格」という新たな試みが、完全に成功している。

たぶん前作『クロイドン発12時30分』がトライアルになっていて、そこから着想を膨らませ描き切れなかったところを改善したのだろう。倒叙の形に興味を持っていたことは、もう少し前のフレンチ警部登場作品から薄っすら感じ取れるのだが…

クリスティやクイーンからは、常に新しく・今までにないものをという強いエネルギーを感じるのだが、クロフツの場合、過去作のブラッシュアップに注ぐ熱量が多く、しかもちゃんとより良いものになっているのだから毎回驚かされる。

企業犯罪というテーマ一つとっても、『製材所の秘密』『紫色の鎌』etcとどんどん精度が上がっているのがわかる。

 

 

倒叙という形式上、推理と呼べるほどの考察は必要無いハズなのだが、第二の事件が起こり、その犯人が第一の事件の犯人と同一人物ではない、と言われるとガラリと様相が変わってくる。

 

臆病で小心者のブランドは主犯から外すとして、大本命は実行犯キング

しかし、鉄壁のアリバイがあり、上司タスカーの助けなくしては犯行は不可能。

ここの物理的トリックはフレンチ警部におまかせ。

 

推理

フレデリック・キング(実行犯)

ジェームズ・タスカー(共犯者)

結果

ジェームズ・タスカー(首謀者!

フレデリック・キング(実行犯)

 

ほーほー。

タスカー、おぬしも悪よのう。

 

ほとんど最初っから黒幕だったとは驚きました。

あとは、随所に光る小技が良いですね。新製法に書かれた間違った文法までそのまんま写してしまったり、フレンチ警部が臆病なブランドから攻め落としたり、事件後ブランドはライバル会社から引き抜かれるけど、嫌気がさして国を離れたり(笑)、と全てのパズルピースが正しい場所に収まるよう念入りに物語が作られている点にクロフツの巧さを感じます。

 

 

 

ネタバレ終わり

フレンチ警部シリーズのランキングとか作ったら、絶対上位に来そうですねえ。

本シリーズ未読はあと17作もあるのですが、その内数作しか持ってない…全作読破・ランキング作成は遠い先のことになりそうです。

どうか、続々と新訳版が出ますように!そして、たくさんの人がフレンチ警部に出会えますように!東京創元社様、読者の皆々様よろしくお願いします。

では!

インパクト良し読後感悪し【感想】ジョン・ディクスン・カー『死者はよみがえる』

発表年:1937年

作者:J.D.カー

シリーズ:ギデオン・フェル博士8

訳者:橋本福夫

 

粗あらすじ

雪片ちらつく冬のロンドンに青年が一人佇んでいる。冒険旅行の終着点であるホテルの前で彼の前に舞い落ちたのは、雪片と見紛う一ひらの紙片。純白の招待状にいざなわれ、殺人事件の渦中に投げ込まれた青年が荒波の中縋り付いたのは、名探偵ギデオン・フェル博士その人だった。

…なんですかこれ。力入り過ぎて、変な感じしかしないですけど、冒頭(事件への導入)からかなり手の込んだ展開にはなっていると思います。

計らずして重要参考人となってしまった青年という偶然の要素も面白いのですが、事件自体がそもそも途中経過であり、現在進行形であり、幕間劇扱いなのですから驚かされます。

ただでさえ難解な不可能犯罪なのにも関わらず、探偵として過去と現在、そして未来の三方向に推理を働かせるのは至難の業です。

 

また、摩訶不思議な方法で行われた犯罪に添えられている、意味ありげなホテルの平面図と奇怪な登場人物たちがまた作品の雰囲気にマッチしています。それらの手がかりを元に、正体不明の制服の人物や密室などの立体的な謎を解かなくてはならないのですが…

ネックはやはり解決編、いや解決そのものです。

 

一つひとつの手がかりから導き出される(であろう)真実を順に並べてゆくと、たしかに回り道無く本書の真相に導かれるのですが、真相から逆算して構成されたような強引さがあるので、驚愕のサプライズに反して読後感は悪いです。

また、登場人物の無個性さの所為もあって、そこまでワクワクできる読書体験にならないのも問題の一つ。もちろん訳の古さもあるんでしょうけど…

 

真相のインパクトの強さゆえ印象に残る、と言えば聞こえは良いですが、多少のミステリ経験者でカー愛がないとお世辞にも名作だとは言えない一作かもしれません。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

冒頭から、やりすぎちゃってる感満載で、「おれ今カー読んでる!」という変な高揚感すら感じる。

ケントの不運はあっさり解決され、腑に落ちないところだらけなのだが、まあここはスルー。

もし彼が犯人だったら、こんな手の込んだ無銭飲食の茶番を演じる必要は無いし、第一の事件ロドニー殺しにもアリバイがある。

 

正直ロドニー殺しが過去のもので、回想でしか事件が語られないのがどうも気になる。一見ジェニー殺しが本命のように思えるが、もしかするとロドニー殺しこそ本命なのかもしれない。

一方で後ろ暗い過去があるっぽいジェニーの線も捨てられない。

そうなると、彼女の過去と関係がありそうな人間がゲイ卿だけなのが悩ましいところ。

 

あとはベローズが見たとされる、制服姿の男?が全然わからない。ホテルという衆人環視の中でどうやって犯行を犯したのか、手がかりもほとんどない(ように見えるだけ)のでお手上げ。

 

推理

…マジでなんも浮かばねえ

結果

リチー・ベローズ

ウソだろおい。

 

論争の種になりそうな“秘密の抜け道”については、そんなに文句があるわけじゃないんですよねえ。

むしろ、これはカーらしいというか、逆にアンフェアと言われないような心配りに余念がないので、まあ納得できるトリックでした。

 

それでもやっぱり釈然としないのは、物語の順序が面白くないからかもしれません。

ホテルでの密室トリックが盲点を突いた堅実なトリックなので、カー自身最初に持ってきたかった、ってのはわかるんですが、事件の順番をちゃんと時系列で紹介したほうが、ベローズの登場や異様さがちゃんと記憶に残るし、ずっと刑務所にいるという不可能状況も目立ってくるので、第二の事件でも読者を効果的に誘導できたんじゃないでしょうか。

 

となると、やっぱり無駄なのは、冒頭のケントが死体を発見するくだり

一番怪しげな人物が初めに2人捕まる、という対比を見せたかったのであれば、ケントを軽々しく放免してはいけないし、捕まっていればそれだけミスディレクションの幅が広がっていたハズなので、なにかがほんの少しだけ違っていれば、もしかすると名作に食い込むミステリになっていたかもしれません。

あと触れておきたいのはタイトル「死者はよみがえる」(ポケミス版は「死者を起こす」)ですよねえ。

 

ネタバレ終わり

4か月も前に読んだミステリなのにもかかわらず、犯人も動機もトリックもかなり印象に残っています。

それだけ個性の強い作品なので、ぜひ多くの人に体験してほしいミステリではあるのですが…

カーの作品の多くに該当することですが、決して初心者向けではないので、できればカーの作品をいくつか(ホラー風の『夜歩く』やゴシック風の『魔女の隠れ家』)を読んでから、気が向いたらで良いのでチャレンジしてください。

 

では!