僕の猫舎

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クロフツお得意の戦術に嵌る【感想】F.W.クロフツ『英仏海峡の謎』

発表年:1931年

作者:F.W.クロフツ

シリーズ:フレンチ警部7

訳者:井上勇

 

粗あらすじ

英仏海峡間に漂うヨットには不穏な血だまりが残っていた。ヨットはどこから来て、どこへ行こうとしていたのか。また、ヨットで何が起こったのか。フレンチ警部が捜査に乗り出すと、何万もの人間の人生を奪う卑劣な犯罪が徐々に姿を現す。

 

あらすじを見てもわかるように、本作もまた不可解な謎を孕む事件がまず一番最初に登場し、フレンチ警部が地道な捜査の反復によって、少しずつその全容が見えてくるお決まりのパターンです。

前作『マギル卿最後の旅』が鉄道を中心にしていたのに対し、本作では船を舞台に金城鉄壁のアリバイトリックが用意されています。アリバイ、と言ってしまったところでネタバレにはなっていないはず…

 

本作では、不可思議な現場状況や証券会社の横領事件、登場人物たちの動きなど、一つ一つの事実はちゃんと明るみに出るとはいえ、それらを繋ぐ線はとんでもなく細いです。それを書いては消しを繰り返し、一つの形を描き出していく、こんな作り方は、たぶんクロフツしかできないでしょう。

事件の題材である企業犯罪・組織犯罪については、『製材所の秘密』や『フレンチ警部と紫色の鎌』でも取り組んでいますが、本作の方がその質も本格ミステリとしての仕上がりも上です。

創元推理版の冒頭には、英仏海峡付近略図なるものも用意されており、フレンチ警部とともに大陸を縦横無尽に捜査し、想像力を膨らませながら読めるのはやっぱり楽しい。

 

自分が持っている本は古本なので、略図には鉛筆で航路が書き入れられており、前の所有者も相当なクロフツファンだったんだなあとじんわり。

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書き込みもそうなんですが、各地の地名をググったり、名所をGoogleMapで見てみたり、と楽しみ方が読書の他にもあって、余計に読了までの時間がかかってしまうのもクロフツ作品の特徴かもしれません。

 

話を戻します。

ザ・クロフツな魅力がふんだんに盛り込まれている一方で、(あまり期待もしていないのですが)その犯罪を構成するキャラクターが大同小異なので、悪の魅力には乏しく、スリリングなはずのオチも既視感があるため、盛り上がりも今一つ。

ここらへんが本作の評価を少し下げている要因かもしれませんが、そんなこと気にしないでください。

本書最大の魅力は豊富なミスディレクションとスタイリッシュな手がかり提示にあります。読者がフレンチ警部を盲信しすぎる所為かもしれませんが、膨大な仮定の中にさりげなく忍ばされた真実と、ミスディレクションのバランスが絶妙です

地味な文体や、船やエンジンの仔細な描写に飽きなければ、しっかり騙されること請け合いです。

 

また、クロフツの遊び心なのか本作には、彼のノンシリーズの探偵たち、『ポンスン事件』のターナーと『製材所の秘密』のウィリスが登場します。彼らは、フレンチ警部の同僚として、しっかり『英仏海峡の謎』を解くための捜査に協力してくれるので、クロフツファンなら一度は目を通しておきたい作品かもしれません。

 

ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

英仏海峡に漂うヨット内で起きた事件、ということで何が起こったのか全く分からない五里霧中な雰囲気はさすが。

 

背景にある詐欺事件から動機は容易に想像できるが、犯人当てになると格段に難易度は上がる。

フレンチ警部の捜査を辿る限り証券会社の重役の誰かが犯人に違いない。

未だ消息の掴めないレイモンドエスデールのどちらか、または両人だろう。

あとは彼らがどのように事件を起こしたか事件を構築していくのみ。

 

なんだ、いつものクロフツ流企業犯罪の暴露話か…と思っていたら終盤レイモンドが捕まり、エスデールが死んでいたことが判明。

 

まさか…まさかね。

 

推理 

ノラン

どうやって実行したかは不明

 

結果

消去法で正解だけはしましたが、エンジンを増設することで犯行を可能にした物理トリックには参りました。

ノランがどうしても現場に間に合わなかった事実がかなり序盤で証明されていたため、完全に犯人から除外してしまったのですが、これも良くクロフツが使う戦術の一つです。何回引っかかったら気が済むんだ…

とはいえ、この手法はかなり有効なように思えます。

フレンチ警部の、地道ながらも堅実な捜査によって得られる数字に基づいた傍証を見る限り、ノラン犯人説を支持する物証はほとんどありません。以後の作品では気を付けましょう。

 

 

 

 ネタバレ終わり

読書メーターでも書いたのですが、多少はクロフツ作品への愛情がなければ苦しい部分もあります。

前半の摩訶不思議な状況はとっかかりとしては十分で、何が起こったのかを証明する過程は楽しめます。

ただひと度事件のあらましが見えてしまうと、後半の追走劇はかなり退屈です。舞台をフランスに変え、バディものっぽく目線を変えながら捜査が進むのですが、この点でも前作『マギル卿』に比べるとキャラクターが魅力が弱いのは問題です。

 

前半でも述べましたが、ターナー警部と軽口をたたきあうフレンチ警部の新たな一面を見るためだけにでも、さらっと読んでみる価値はあるんじゃないかと思います。

 

では!