発表年:1930年
作者:F.W.クロフツ
シリーズ:フレンチ警部6
訳者:橋本福夫
裏面の解説には、
著者の作品の中でも一、二を争う名作
と評されていましたがどんなもんでしょう。
タイトルに「旅」が入ってるため、これはまたフレンチ警部が「捜査」と称して色々楽しみながら旅してまわるのだ、と思っていましたが、ほぼ正解でした。
粗あらすじ
引退した事業家マギル卿が北アイルランドで失踪した。血痕の付いた帽子が見つかったことから、何らかの事件に巻き込まれたことだけはわかった。マギル卿が辿ったであろう、ロンドンから伸びた鉄道線上で一体なにが起こったのか。フレンチ警部はアイルランド警察と協力して事件の真相を究明する。
今までのフレンチ警部シリーズと比べても、がっつり鉄道がミステリに絡んでくるため、たしかにクロフツお得意のアリバイとの関連性も強く、一、二を争うクロフツらしい作品ではあると思います。
ただ、全体的に見るとただの旅行記であり緻密な捜査記録以上のものではない、というのが辛口な感想です。
文庫本で400頁近いボリュームではありますが、フレンチ警部が異国の警察とタッグを組み、特に本作の相棒であるマクラング部長刑事との相性がかなり良さげなので、彼との捜査会議やイングランドから北アイルランドまでの各地の叙景描写だけでも読ませるものはあります。
逆に、これだけ序盤で怪しい人物にライトが当たってしまえば、読ませるなにかが無いと、相当キツイ作品です。
ひとつミステリとしてやるな、と思わされたのが、会心の一撃系の手がかりの配置です。よくわからないと思うので簡単に説明しますと、会心の一撃、つまりはその一つの手がかりだけで形成を逆転させてしまうほどの、また犯人ないしは真相が一撃で判明してしまうほどの、重大かつリスキーな手がかりのことです。
ここは、ミステリとして理想的な形で用意されており、経験豊かなミステリファンをも満足させる手がかりなのではないでしょうか。あくまで会心の一撃を外さなければ、の話です。
この点作者クロフツも相当の自信があったようで、手がかりから導き出される真実を、同僚刑事たちに教授するフレンチ警部の異様なテンションからもよく伝わってきます(頁347)。
問題は、それ以外の捜査記録が多すぎることなので、残念ながら万人にオススメできるクロフツ作品ではありません。
以下超ネタバレ
《謎探偵の推理過程》
本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。
「マギル卿」最後の旅ねえ。
ゲームの慣習(最近ハマっているワード、詳しくはコチラ)に基づけば、ジョン・マギル卿自らの策謀という予想もできるが、そこまでトリッキーなことをクロフツははたしてやるだろうか(冒涜)。
序盤からジョンとヴィクターがそっくりだとの伏線(頁44)がこれみよがしに張られている。ジョン卿の足取りを追う中でヴィクターが絡んでいる可能性は高いか。
また、イングランドと北アイルランドを結ぶうえで、どうしても船が登場することから、犯行があったとされる期間に船旅をしていたヴィクター一行はどうやっても怪しく見えてくる。
さらにはジョン卿をペテンにかけようとしたジョスがヴィクターの仲間…これは易しい。
こうなってくると、作者には悪いのだが、犯行の過程を一から推理しようとする原動力がもう無い。
事件構築の流れは興味深く、読み物としてはすこぶる楽しいのだが、謎探偵としての企画はここらでおしまい(すいません)。
推理
ヴィクター・マギルとその他(ジョン卿の遺産を狙った組織的犯罪)ジョン卿はロンドンからの鉄道内で死亡し、ヴィクターがジョン卿になりすまして攪乱させた。
結果
勝利
事件の見え易さは置いておいて、ジョスの決定的な証言を引き出した(頁192)フレンチ警部の手腕はさすがです。
正直、ジョスの立ち位置にもう少し頭のまわる人物がいれば状況は変わっていたのかもしれませんが。
あとは、犯人逮捕の決め手となった中古のタイプライターが問題です。あんなの真っ先に処分すべきもののはず。タイプライターだけがご都合的な手がかりなってしまっています。
以上著者の作品の中でも一、二を争う名作かどうかは諸説ありそうですが、冒頭に用意されている地図を見返しながら、また、作中に登場する各地の情景をGoogleマップと比べ合いながら、海外ミステリを通して旅する感覚を味わえるのは、クロフツ作品の大きな美点です。
まずは、同じような雰囲気を持つシリーズ一作『フレンチ警部最大の事件』を読んで、好みに合いそうなら是非本作にも挑戦してみてください。
ちなみにフレンチ警部ものでは過去作についての描写がちょこちょこあるので、なるべく順番通りに読むのがオススメです。
※本作では『海の秘密』『~紫色の鎌』の記述が若干あります。
では!