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若いうちに読むべし【感想】モーリス・ルブラン『813』『続813』

 

813 (新潮文庫―ルパン傑作集)

813 (新潮文庫―ルパン傑作集)

 

 

813 (続) (新潮文庫―ルパン傑作集)

813 (続) (新潮文庫―ルパン傑作集)

 

 


発表年:1910年

作者:モーリス・ルブラン

シリーズ:アルセーヌ・ルパン5

 

年2~3冊のペースで読み進めているルパンものも、ようやくシリーズ5作目に入りました。

ルパンシリーズの最高傑作と呼び声高い『813』ですが、その評価はルパンシリーズだけに留まることなく、1985年の東西ミステリーベスト100でも41位に挙げられています。

ちなみに46位がバークリーの『毒入りチョコレート事件』、54位にクイーンの『ギリシア棺の謎』、90位に『オランダ靴の謎』と名だたる名作たちを抑えてのランクインと考えると、その期待値はぐんぐん高まります。

 

ただ、手っ取り早く結論から言えば、全体的にそんなに目ぼしいところはないかな、というのが正直なところです。

 

ざっくり筋だけを言っておくと、秘密を抱くダイヤモンド王ケッセルバック、秘密を狙うアルセーヌ・ルパン、ルパンを妨害する謎の人物L.M.、これくらい知っていれば読み進めるのに全く問題はありません。

これらの軸を中心に、凄惨な事件、暗号の謎解き、変装、冒険、脱出、ドンパチ、ロマンスといったルパンに欠かせない要素がこれでもかと注ぎ込まれ、物語は未だかつてないスケールと背景を持った大事件に進展してゆきます。

 

やっぱり楽しいはずはないんじゃないか、と思うのですが、なんでしょうかこの違和感。

というのも、結末部のサプライズは良いんです。霧が晴れるかのような爽快なサプライズではなく、濃霧からヌッと顔を覗かせるような陰気な雰囲気が見事です。

ただ、上下分冊されているのも頷けるほどボリュームのあるストーリーのせいで、ちょっとだらけた印象を抱いてしまいます。これは自分が半年もかけて読んじゃってるのもダメなんですが…

 

そして、なぜ一気読みできなかったか、というとやっぱり翻訳が原因です。新潮文庫版の翻訳を担った堀口大學氏が悪いわけではありません。

問題は、もっと読み易い訳が出てしまっていること、そしてそれを既に読んでしまっていることです。

 

怪盗紳士ルパン

怪盗紳士ルパン

 

 もちろん新しい早川文庫版のことです。

 

コレは、ほぼ水です。100年もの時代を超越してスーッと入ってくる名訳です。歯切れも良くて、ルパンの自分語りのしつこさも緩和してくれます。

新潮文庫版も、ルパンが自分のことを「わし」と言ったり、悉く表現が古臭かったりは別にいいんです。それはそれで味わいとコクがあって、いかにも「大人の読み物」という雰囲気が醸し出されています。

しかし、どうもルパンの自分語りが鼻につき過ぎます。総じて、ルパンの自伝というか武勇伝を淡々と聞かされているような、そしてその特色が強調されすぎているような翻訳だと感じました。

 

常に自信過剰・大胆不敵で、自分のことしか考えないルパンや、悲劇のヒロインならぬヒーローぶっている様、それらがルパンシリーズの特徴のひとつだとはいえ、アルセーヌ・ルパン(38)ですからね…

 

10代~20代前半くらいまでに読めればまだ良かったのかもしれませんが、冷めきった大人の心を氷解してくれるような熱さを、期待していたほど強くは感じ取れませんでした

 

まだ読んでいない方は、是非若い(と自分が思っている)うちに早めに読むことをオススメします。

 

 

 

このままではただの読書感想文なので、最後に少しだけミステリ要素にも触れておきましょう。

 

例えば、カーが密室や怪奇を好んだように、クロフツがアリバイや鉄道を物語に多く登場させたように、モーリス・ルブランにもお得意の手法というのがあります。

リアリティを出すために史実との融合を、読者を欺くためには変装を、という具合にです。

 

そして何よりルパンシリーズの特色は、ルパン自身がいち犯罪者であり、彼の作中の目的が第一の謎として役割を果たしている点にあります。それは『813』でも同様です。

暗号や殺人や追走劇など、物語を盛り上げる演出は数あれど、常に見え隠れしているのはルパン、そして宿敵L.M.の真の目的です。謎の提起という点では一級品です。

 

続いては、変装というトリックについて。

変装=一人二役と言って良いかもしれません。

女優や俳優(元も)が登場すると真っ先に疑いたくなる、食傷気味のトリックの一つですが、ルパンシリーズにあってはほぼメイントリックなわけですから、陳腐だとか言ってられません。それこそ2人3人4人と続々と変装者が登場します。

 

変装が周知の事実だとはいえ、その目的は徹底的に秘匿されており、ここで前述のルパンの目的という謎に戻ってくるわけです。

変装と真の目的という謎がメビウスの帯のように延々とループすることで、一般的なミステリではおそらく体験できないような旨みを味わうことができます。f:id:tsurezurenarumama:20171011141127j:image

 

そもそも、一般的なミステリにおける真犯人というのも、狼の本性を羊の皮を被って変装しているわけですから、変装というのは永久不滅のトリックだと思うのです。

その全ての源流であり父なる大樹、それがアルセーヌ・ルパンなのかもしれません。

 

 

 

 

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では!