生者の「心の中で生き続ける」ということ【大好き】原泰久『キングダム』

今週号(10/5)の週刊ヤングジャンプに掲載されている『キングダム』533話が熱すぎたので、その熱に浮かされたままの勢いで何か書いてみようと思う。

 

 

 

 

と書いてからはや5日、その熱もなんだか冷めてきた気がするが今度は惰性で何か書いてみようと思う。

 

まず簡単に『キングダム』がどんな漫画か、ということを説明しておく。

舞台は、春秋戦国時代と呼ばれる戦乱の真っただ中にあった紀元前の中国。下僕の信(しん)が数多の出会いと別れを繰り返しながら、天下の大将軍を目指すお話。

どこがどう良い。ということを話し出すとキリがないので、とりあえずは、笑って、泣けて、楽しめる青年漫画だ。ということをアピールしておく。

 

基本的には戦争バトル漫画なので、ばっさばっさと、まるで虫ケラのように人が死ぬ。

その死に方も尋常じゃないほど理不尽なこともあって、将軍同士の一騎打ちで砕けた武器の破片が飛んできて死んだり、後ろからの味方の突撃で死んだりするのは日常茶飯事だ。

 

そんなことだから、人の生き死にがかなりライトに描かれすぎているきらいもあるのだが、命の重みとか大切さ、とかを語るつもりはない。

ただ、儚くも一瞬のうちに散ってゆく命が、最後に発する強烈な光をページの中から感じ取ることができる。

それは生死の扱い方(描き方)とは、まったく別の次元で行われている。

 

 

魂は何に宿るのか。
魂とか言い出すと安っぽくなってしまうが、生を物理的な現象としてではなく、その人が生きていた証、またはポジティブな概念としての生を一番力強く感じさせる方法、それを『キングダム』の作者はしっかりと心得ていると思う。

そして生きるということを、別の角度で描こうとする時、ひとつの完成形が『キングダム』の中には凝縮されている気がする。

 

 

それが生者の「心の中で生き続ける」ということ。だと思っている。

前述のとおり『キングダム』では容赦なく人が死んでゆくが、中には死んでも尚、登場人物たちに多大な影響を与えるキャラクターが多く登場する。

まあどんな作品にも、メインキャラクターのバックグラウンドには、多くの先人たちとの交流や触れ合いがあって当たり前である。その出会いと別れを繰り返しながら主人公は成長し、何度挫折しても目標に向かってまた大きく踏み出すことができる。

 

ただ『キングダム』で死者から活力や生きる目的、希望、物理的・精神的なパワーを享受されるのは、主人公の信だけに留まらない。

信率いる飛信隊はもちろん、合戦へと送り出す秦国の文官、長年将軍と苦楽を共にした精鋭兵、名もなき一兵卒までもが、死んだ者から力を受け取っている。この展開が熱い。

 


この受け取るモノには大きく二つある。

一つは物理的なモノ(形見など)。

作中では信の矛や盾が該当する。

それらは身に付けるだけで、故人が傍についていてくれるような安心感を与え、身に付けていないまわりの者にも同等の効果を与えることが多い。

 

もう一つは精神的なモノだ。

それは故人との会話や交流などの体験の蓄積によるところが大きい。問題は体験した本人しかそれを感じ取ることができない点と、常に感じ取ることができるわけではなく、窮地に陥ったり絶体絶命の大ピンチに発揮されることが多い点だ。

これも作中では信の体験や会話、その反復を通してビシビシと伝わってくる。

 

そして精神的なエネルギーを与えてくれるモノには、さらに故人が意図して与えるものと、意図せずして与えるモノがある。

この後者が、『キングダム』では巧妙に描かれている。

 

つまり生者が死者から自発的に汲み取る行為、または汲み取ろうとする意志の描き方である。

 

明確に死者が生者に何かを遺したような描写はほとんどない、にもかかわらず、生者は(ある意味勝手に)死者のことを思い返し、(勝手に)「故人ならこう言っただろう」と自らを奮い立たせ、時には味方を騙してまでも、強大な敵に立ち向かってゆく。

 

死者をも、自らが生き残るために利用しているような身勝手で、利己的な考え方にも思えるが、不思議にも自分の考え方と比べてみると、しっくりくる部分が多かった。

特に近しい親族が亡くなった今、生者に必要なのは、死者が残そうと思ったモノ以外のなにかを自ら感じ取ることができるか、そしてそれを自分が生きる力に変換できるかだと感じたからだ。

 

そして『キングダム』533話を読んで、改めて名もなき彼らが、生きるという最大の欲望のために、死者が遺したものを感じ取り前に進む姿を見て、共感と強い感動を覚えた。

断わっておくが、死者との強い絆とか友情といったものにではない

 

たぶん彼らは、全てが終わった後、改めて故人の死と向き合い悲嘆し、喪失感を感じると思う。ただ、一度生きる力に変換できたものは決して失われないはずだ。

生者の「心の中で生き続ける」限り、その引き出し回数は無限だし、なんのリスクもデメリットもない。

 

今の日本に置き換えて考えてみると、日本では戦争がないとはいえ、戦国時代と同じような理不尽な死は誰の身にも降り注ぐ可能性が平等にある。他国にない生き辛さ、みたいなのも誰しもが抱えている。そういえば昨日も近所の私鉄で飛び込み事故があった…

どこをどう絞ってもなんのエネルギーも出てこない。生きるのがしんどい。

そんな時には、死者でもなんでも活用すればいい。

 

勝手に解釈し、勝手に奮い立たせ、勝手に前を向く。生きるために。

 

そんな力強さがもしかしたら『キングダム』には備わっているのかもしれない。

 

 超オススメ。

 

では!

 

 

キングダム 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

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