僕の猫舎

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作者がぐいぐい覗いてくるある意味意欲作【感想】C・デイリー・キング『海のオベリスト』

 

海のオベリスト (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

海のオベリスト (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

 

 

発表年:1932年

作者:C・デイリー・キング

シリーズ:オベリスト1

 

 正直むちゃくちゃ楽しみでした。この作品を読むために今まで頑張ってきたと言っても過言じゃありません。

   私は基本的に文庫本しか集めていないんですが、唯一持ってる単行本のミステリが本書。とにかく『オベリスト三部作』が読みたかった…

   思い返してみるとそもそも三部作に弱いんですよね。映画ならたいてい三部作なら見ちゃいます。だからこそ、ドルリー・レーン『悲劇四部作』はしっくりこなかったのでしょうか。

 

 

   閑話休題、本書の紹介の前に簡単に作者C・デイリー・キングの紹介をしておきましょう。

   1895年アメリカのニューヨークに生まれ、第一次世界大戦に従軍後、大学で心理学の研究に没頭し博士号を取得、心理学者として研究を進める傍らに推理小説を書きました。彼の作品の最大の特徴は、“手がかり索引”の導入です。ミステリ史上初めてかどうかは要検証ですが、今まで読んだミステリを思い返してみて、ロナルド・A・ノックス『サイロの死体』(1933年)以外に、同じような趣向が凝らされたミステリはありませんでした。
   それら手がかり索引の趣とタイトル「オベリストという不可思議で興味をそそられるワードに惹きよせられて、読み始めた本書ですが、読書前後で本書のイメージが変わって驚かされました。

   中々事件までの雰囲気も良いので、あらすじは省略しようと思います。船上というクローズド・サークル内で起こる事件という前知識と章立て形式を見れば、ある程度筋は把握できるでしょう。

 

読書前のイメージ

  1. 素人探偵たちによる推理合戦がベースの多重解決もの、もしくは素人探偵たちの導き出した一つ一つの事実を組み立て、付け足し再構築する多段解決もの。
  2. 手がかり索引の有意性を高める巧妙な叙述トリックが組み込まれた、技巧派のミステリ
  3. 作者が心理学者であることを最大限活用した、大どんでん返しが盛り込まれた心理描写がある。

 

読書後のイメージ

  1. 教科書
  2. ワークブック(問題集)
  3. テスト

 

   読書前のイメージを肯定も否定もするつもりはありません。とはいえ、読書前の漠然と抱いていた本書へのイメージをふっ飛ばす破壊力と、ミステリってこうだよな、という固定観念を覆すナニカが間違いなくありました。ただ決してキワモノではありません。いたってオーソドックスな形式なのに、オーソドックスすぎることで生じる違和感がなんとも言えない良い味を出しています。順を追って説明しましょう。

 

 

   船上での不可解な事件発生後、陣頭指揮を執るのは、船内の最高権力者であるマンフィールド船長。彼は大きな権力と実行力を持っているものの、こと犯罪に関しては素人探偵の一人です。船上という孤立した状況の中で、彼ら船員がどのような行動もとるのか、中々お目にかかれるものではなく興味を惹かれます。そしてマンフィールド船長を中心に集められる事実は、正々堂々と読者に提示され、まるで教科書のように理路整然としています。
   その後袋小路に迷い込んだ船長は、同船した四人の高名な心理学者に捜査を依頼し、彼らも四者四様の独自の方法で推理を始めます。これらの章では、まさに四人の心理学者による心理学講義を聞いているかのようです。各章では、簡単な講義のあとで実験が行われ、事件が孕む謎についてさらなる問題が提起されます。それらは章内で解決したりしなかったりしながら、まるで問題集の如く読者に新たな謎が提起されます。
   そして終盤にはテストがあります。登場人物たちが一堂に会し、いざ謎解きが行われる!という雰囲気が醸し出されるのですが…ここにはある特殊などんでん返しが用意されています。当ブログでは、本書について、シリーズ作品としての情報をなるべく出さないように心掛けてきました。是非このサプライズを味わうためにも、あまり前知識を詰め込まずに本書にチャレンジしてほしいです。

   少しばかりわちゃわちゃした終盤を乗り越えれば、お楽しみの手がかり索引が待っています。一つひとつ丁寧に頁を繰りながら、驚くもよしニヤつくもよし、しっかり再読せずとも楽しめるミステリにはなっています。

 

   さあここまで書いてきて、やはり、ある程度オーソドックスなミステリだという印象は変わりません。ただ「オーソドックスすぎることで生じる違和感」とはいったい何なのでしょうか。

 

   それは作者C・デイリー・キングの影です。

   決して全ての手がかりに気づいたわけじゃないんですが、意味深で含みのある描写の裏から、常に彼が覗き込んでいて「今の手がかり、気付いた?気付いた?」「うわ~さらっと行っちゃったよ~」と見られている感覚が半端無いです。たぶん彼の本業が心理学者だということが大いに関係しているのでしょうが、総体的に、心理学のテキストとしてはもちろん物足りなく(ミステリだからね)、推理小説にしては現実感の無さが目立っている故の違和感だと思いました。

   謎とは本来こう作るもの。そして謎を引き起こす犯人の心理状態はどうなっているか、事件全体があくまでも心理学の事例集に過ぎないようにも思え、スケールが小さくなっている感があります。この違和感は、決して悪いものでもないのですが、やはり推理小説に奥深い人間ドラマやユーモア描写、個性的な探偵役を楽しみにしている読者には、少々物足りないかもしれません。

   ただ、手がかり索引から照らし合わせてみると、小さいものから大きいものまで、犯人の心理状態を的確に表す細やかな言動はかなり練られた造りになっており、趣向としては面白く感じました。

   推理小説史における歴史的一作としてもそうですが、作者の姿をヒシヒシと感じることができる珍しいミステリとしても一読の価値がある作品です。

 

 ネタバレを飛ばす

 

 

 

以下超ネタバレ

 《謎探偵の推理過程》  

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 


   船内の図が階層ごとに何回も登場するので、犯人当てのゲーム要素が強めなのかな、という印象。
   被害者スミスの胸の同じ個所に入った二つの銃弾というのが意味深で面白い。何故同じ銃で2発撃つ必要があったのか、しかもオークション会場の真ん中で?ちょっとサイレンサーが万能すぎるきらいもあるがご愛嬌だろう。


   最有力容疑者ド・ブラストが撃った弾の行方から彼が簡単に犯人候補から外れたがどうだろうか。複数人での偽装工作という可能性も無くはない。さらにスミスの娘コラリーはなぜ目を覚まさない?気を失っているフリかもしれない。と思っていたら、彼女の死体?が消えてしまった。やはり生きていたか。

   さらにド・ブラストもあっさり死に、二つの銃弾の謎もさらりと解決してしまった。

 

   スミスの死因も毒殺だった、となれば、俄然怪しく見えるのは消えたコラリーとコラリーを匿っているであろう共犯者。スミスの二人の同伴者ヤンハズバンドとノースンスに目が行きがちだが、二人の描写はどちらも薄く、重要な人物だとは思えない。

   そもそもスミス殺害の動機からして全然わからない。

 

   たしかに、各章の心理学者たちによる推察は面白いのだが、どれもがただの推察に過ぎず、根拠のある事実だと認定し難いのがミステリにおいてはネック。逆に推察を否定する事実もないだけに、簡単に排除することもできず、かなり混乱する。

 

   話が進むと、コラリーがスミスの娘ではなく、情婦であることが明らかになる。となるとスミスの金が目的か?ただ、どうやって金を手にしようとしていたのかも不明で、さらに殺す動機もピンとこない。

   モヤモヤしながら話は進むが、いざコラリーが登場し、真犯人が明かされそうなシーンでは、急激にスリリングな展開になりハラハラドキドキさせられる。

 

   それでもまったくピンとこないんですが…おてあげ。

 

推理予想

うーん…ノースンス?

結果

敗北

   特に、コラリーが部屋に同席している真犯人である夫に対して、恐怖を表すシーンでは、上手く読者にバレないように工夫が施されています。ただ、これは紙面上だから成立するもので、実際には目線やら言動ですぐにバレてしまいそうですし、彼女があの段階になって身を守ってくれる人が多い環境の中でも犯人を名指ししなかった、というのは少々論理性に欠いている印象もあります。

   あと秀逸なのは探偵役でしょうか。私は事前の情報で『オベリスト』シリーズにはマイケル・ロードなる警部が登場すると聞いていたのですが、登場人物一覧にも載ってなく、謎解きの瞬間まですっかり存在が飛んでました。

   本書が発表された当時は、もちろん彼がシリーズ探偵になるとは読者は知らなかったわけで、そういう意味では先入観なく読めたのは幸いでしたが、やや唐突過ぎる気もしますし、ヤンハズバンドの正体に関する手がかりが少し足りないのではないでしょうか。

 

 

 

ネタバレ終わり


   全体的にクラシカルな雰囲気に包まれゆったりとした読み心地なので、ミステリファンには是非一読してほしい作品だとは思いますが、各心理学者の推理部分は好き嫌いが分かれそうです。

   また、仕掛けの全ては明かせませんが、古き良きミステリのギミック、暗号ものの趣向も見られ、作者自身の試行錯誤(トライアル・アンド・エラー)が感じられるミステリでした。

 

 

 

では!