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あなたは忘れずにいられるか【感想】E.S.ガードナー『忘れられた殺人』

 

忘れられた殺人 (1964年) (創元推理文庫)

忘れられた殺人 (1964年) (創元推理文庫)

 

 

 

発表年:1934年

作者:E.S.ガードナー

シリーズ:ノンシリーズ

 

   E.S.ガードナーと言えば、法廷ミステリ『弁護士ペリー・メイスン』シリーズが有名らしいですね。残念ながら未だ一作も読んだことはなく、本書も古本屋で偶然見つけ、タイトルに惹かれて買ってしまいました。結論から言えば大満足の出来で、ガードナーの他の作品も読みたくなるほど引き込まれる作品でした。

まずは粗あらすじを少し

投資家カセイ氏が見知らぬ女と飲酒運転で捕まった。このスキャンダルに飛びついた新聞社記者モーデンだったが、捕まったカセイ氏はカセイ氏ではなかった!?新聞社のプライドをかけてさらなる調査を開始するモーデンだが、この特ダネは決して開けてはいけないパンドラの箱だった。

 

   本書の特徴としては、ややハードボイルドタッチな作風と稀有な探偵役が挙げられます。ただハードボイルドというジャンルの作品をあまり読んだことがなく、なんとなく『007』をイメージしながら書いているのも事実ですすいません。

 

   ただバイオレンスでセクシャルな描写は作中にほとんどないのにも関わらず、作品自体からタフで武骨な印象を受けるのは気のせいではないと思います。

   そして稀有な探偵役は犯罪学者シドニー・グリフ。犯罪学者というワードだけ聞くと、探偵としての能力は未知数で、いささか眉唾物なのではないか、と疑ってしまいますが、物語が進みだすと自然と彼の実力が明らかになります。考え事をしているときは右手を前方に差し出して腕を振る、グリフ曰く「意中の人物と接触するような気がする」動作が不思議です。捜査方法は、決して自分では積極的に事実を収集せず、命令を与えて人に集めさせた事実を綜合して解釈し、また新たな事実を求めるために捜査の提案をする。というものです。感覚的には、一つひとつの事実(手がかり)が徐々に形を成してゆく、というイメージではなく、横並びに延々と事実が並べられ、その延長線上に最終で最大の事実(犯人)がある、そんなイメージです。つまり、事実はたくさん登場しますが、なかなか読者には何の形か判別できません(させない)。これはグリフというよりも、作者ガードナーの書き方の妙技でしょう。

 

   本作に見られる要素を書きだすとこんな具合になります。

   事件が事件を呼ぶサスペンスフルな展開ハードボイルドタッチで書かれ、社会派っぽい登場人物たちが据えられ、ホームズばりの超人的な探偵を配し、本格ミステリと呼ぶにふさわしい謎と解決が用意されています。

   これだけ多くの要素で豪奢に装飾されてるのは素晴らしいのですが、犯人の見え易さは露骨で、サプライズの面では及第点です。

 

   犯罪学者という特異なキャラクターは、ガードナーが今後シリーズ化できるかどうか試したようにも思えるし、いかにもハリウッド受けが良さそうなストーリーと配役なだけに、さすが売れっ子作家E.S.ガードナーだな、と感じさせられる一作でした。

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 

 

 

 

   事件の発端は中々良さそうだ。捕まったカセイ氏がカセイ氏本人でなかったこと。それを盾に新聞社を脅して墓穴を掘るあたりは、ストーリー作りの巧さを感じさせる。

   その後、嗅ぎまわった記者モーデンがあっさり死に、弔い合戦のために新聞社社長ブリーカーと犯罪学者グリフが立ち上がる展開もスピーディーで良い。

 

   グリフが別件の暗殺事件の参考人を匿っているのが不可思議でこれからどう事件に絡んでくるのか楽しみだ。

 

   あれカセイ氏が死んだ?

   毒殺だろうか。どちらの殺人もあっさりしすぎていて、全容が見えない。

   まずカセイ氏に成りすましていた人物と同乗していた女を突き止めることが先決か。やはり偽カセイ氏は男性だろうから候補者は、弁護士フィッシャーと運転手ブリスか。そして、同乗の女性はカセイ夫人か別件かと思われている失踪した女性とその同居人のどちらか。

   と思っていたら登場人物一覧にカセイ夫人がいない!怪しい…まさか、カセイ夫人はカセイ夫人ではない?そしてカセイ氏もカセイ氏ではない?よくわからなくなってきた。

 

   新事実として、失踪した女性と同居人が同一人物であることがわかり、さらに恋人のブーンなる人物も登場した。そして、偽カセイ氏と同乗していた女性も登場すると、事件全体が落着したように感じる。手がかりは全て出そろったということか。

 

   真剣に考えてみると、モーデンが殺されたのはカセイ氏の過去に近づきすぎたor偽カセイ氏に近づきすぎたからだろう。そしてカセイ氏が殺された理由と繋ぎ合わせて考えると、やはり偽カセイと関係があったのではないかと思われる。カセイ氏と偽カセイは結託していたということだろうか。マローン夫人なる人物との関連性はわからないが、二人の過去に関連することだろう。

   どう考えても、作中に登場する人物で知性と度胸を兼ね備えた人物というとフィッシャーしか思いつかない。

 

推理予想

チャールズ・フィッシャー

結果

勝利

   よしっ!と思ったが、解り易すぎます。なんといっても候補者が少ないのが難点。犯人当てのみ成功しましたが、冒頭にちらっと出てきた私立探偵暗殺事件がまさかメインだったとは…まさに忘れられた殺人のトリックの質が素晴らしいです。真犯人の真の目的が、実は本書のたった数ページ目で達成されており、お手本のような推理小説のフォーマットにしっかりはまり込んでいました。それを作者は逆手に取り、カセイ氏の過去や偽カセイ氏だけを追わせることで、真の目的に気付かせないように謀ったのでしょう。脱帽です。

 

 

では!