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クリスティ自画自賛の雄編【感想】アガサ・クリスティ『ナイルに死す』

 

ナイルに死す (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ナイルに死す (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

 

発表年:1937年

作者:アガサ・クリスティ

シリーズ:エルキュール・ポワロ

 


この作品の中心になるトリックは興味深いものだろうと私は考えています。

 

筋も非常に念いりにつくりました。

 

“外国旅行物”の中で最もいい作品の一つと考えています。

 

主要人物たちは―生きた、リアルな存在に感じられます。

 

   これはハヤカワ文庫版の冒頭に書かれた著者の前書きの抜粋です。私だったらとてもじゃないが、自分のブログ紹介をするときに「本記事のメインテーマは興味深いものです。」「記事の構成も非常に念いりに作りました。」「“ミステリ批評物”の中で最もいい記事の一つです。」「筆者(わたし)を生きた、リアルな存在に感じられます。」なんて、口が裂けても言えそうにありません。前書き数ページを読んだだけで、クリスティの自信と、作品に対する熱い思いが溢れだしているのがわかります。

 

   彼女自身「念いりにつくった」という物語の筋は、未読の方の興を削がないためにも紹介を省略するとして、簡単に構成と物語の進行の流れだけを書いておきたいと思います。

   本作は2部構成となっており、1部では数多くの登場人物たちの紹介と人間関係が細かに書かれます。本書の冒頭でも訳者自身が「はじめは少しゆっくり読んでください」と勧めているとおり、1部を読む間に、丁寧に登場人物のキャラクターと相関関係を頭に入れておくことが重要です。

   2部に入ると、登場人物たちはナイル川を運行する豪華客船に押し込められ、あとは事件が起こるのを待つばかりとなります。

   一人の資産家の美女を中心に、彼の夫、元恋人、女流作家、金持ちの老婦人、弁護士、考古学者、医者などの様々な階級・性別の人物たちが織りなす複雑な人間ドラマがなんといっても物語の特徴でしょう。様々な国や階級の登場人物たち、と聞くと過去のポワロシリーズでも『雲をつかむ死』や『オリエント急行殺人事件』が思い出されますが、なんといっても本作との大きな違いが、その人間ドラマの部分なのです。旅の途中で新たに生まれるもの、また過去から引き摺ってくるものなど種々の思いが交錯し、本作は構築されています。まさに丁寧に念入りに練られた筋と、生きた登場人物たちの生気に満ちたリアルな描写が魅力的です。

   一方「興味深いトリック」については、勘の鋭い読者にとっては、拍子抜けしてしまいそうなトリックかもしれません。しかしそれは、トリック解明に繋がる手がかりが随所に、また正々堂々と散りばめられているからこそ起こり得る事象で、後半のドタバタとした展開を抜きに考えれば、水準以上の出来だと思います。

 

   最後になってしまいましたが、探偵役は、偶然、船に乗り合わせた休暇中の私立探偵エルキュール・ポワロと、『ひらいたトランプ』にも登場した四人の探偵のひとり、レイス大佐ヘイスティングズとは違い、知的レベルの高い謎解きごめんよヘイス)が心地よく、さすがクリスティベストの常連作品と唸らされるに違いない一作です。

 

 

 

以下超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 

 

 

   さてさてどうしたものか。80頁弱まで延々と登場人物紹介が続くが、どうも飲み込みが悪いのか頭に入ってこない。リネット、サイモン、ジャクリーンの三角関係が強烈で、その他の人間関係の印象が弱くなってしまったようだ。

   ただ豪華客船カルナク号に乗り込むとスピード感が一変。一種のクローズドサークル内に囚われているはずの登場人物たちが、どんどん積極的に動き出して驚かされる。やはり、一部で丁寧に読み込んでおくべきだったか…

 

   ジャクリーンによるサイモン銃撃事件でわかったのは、まだサイモンがジャクリーンを愛しているということ。その後リネットが頭を打ち抜かれて死亡したので、サイモンに動機はあるようだ。しかしながら、サイモンとジャクリーンには鉄壁のアリバイがあった。まあジャクリーンを見張り続けたミス・バウァーズが共犯でない場合に限るが。

   その後、リネットと関係のありそうな人物たちが次々と怪しげな行動を始めるのだが、どれも金銭が動機の行動なのが気になるところ。邪道な推理かもしれないが、第一部の三角関係を思い浮かべると、動機が金銭とは思えない。やはり愛憎ゆえの犯行のような気がする。となるとジャクリーンが本命か。

   さらに自分で撃ったピストルを蹴飛ばす、というのが怪しい。何のために?そしてなぜ、誰がピストルを隠したのか?

はっ!サイモンか。

サイモンが撃ったのか。

 

   確認してみると、サイモンひとりの時間は確かにあった。足を撃たれているとはいえ片足だけなら、男の脚力をもってすれば犯行現場まで行って帰ってくるのは可能かもしれない。ただ、自分が撃たれたその一瞬の間に、殺害の計画が立てれるかどうかは自信がない。

 

   関係者の証言を聞いている限りでは、直接リネット殺害に役立ちそうな証言は少なく、ミスリードが少ないように思える。登場人物同士のロマンスや盗難騒動が持ち上がると、さらに犯人の目星は狭まってきた。やはり、サイモンが最有力だろう。

 

   終盤、手がかりを持っていたと目されるルイーズとミセス・オッタボーンの殺害はサイモンでは成し得ない。これは、サイモンを守ろうとしたジャクリーンの犯行か。

 

   殺人事件以外の挿話は、一見無駄なものに思えるが、そこはさすがクリスティ、どれもしっかりと事件(と事件のてがかり)に結びつける華麗な筆さばきが見事。そして終着へ…

 

推理結果

サイモン&ジャクリーン

結果

引き分け

まさかの計画的な共犯。しかもジャクリーンの計画だったとは。さらにサイモンは撃たれていなかった。血糊を使った可能性を示唆する手がかりや、撃たれたはずのもう一発の銃弾についてもう少し推理を巡らせていれば、真相に辿りついたかもしれない。

   船室同士が隣り合っており、目撃者というリスク(偶発的な殺人)も真相究明に欠かせない要素となっている点が、効果的にミステリに織り込まれている。ご都合主義になっていないのがとても良い。

 

 

 

では!

 

飛行機内で起こる大胆不敵な事件。もちろん真相に導くパイロットはエルキュール・ポワロ

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レイス大佐を含む“探偵がいっぱい”の作品。

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