発表年:1927年
作者:アーサー・コナン・ドイル
シリーズ:シャーロック・ホームズ5
いつも通り、新潮文庫の延原版を読んだため、『隠居絵具師』と『ショスコム荘』はページ数の都合上割愛されています。いつか『~叡智』を読んだ後に感想を書こうと思います。
本作は、シャーロック・ホームズの登場する最後の短編集です。そういう理由から、読み終えてやや寂しい気持ちになるかと思いきや、全くそういう感情が起きませんでした。というのも、過去の短編集『最後の挨拶』内の同名の短編で、ホームズの実質的な最終作には、既にふれてしまっていたからでしょう。本作でもロンドンを離れ、田舎暮らしをするホームズが遭遇する『ライオンのたてがみ』なる事件も載せられていました。しかし、一作ごとの解説は少し置いておきます。
なんの脈絡もありませんが、シャーロキアンになりきって、ホームズ作品を大きく四つのジャンルに分類するという蛮行に着手してみたいと思います。もちろんどの作品がどんなジャンルかは、明かしていないので安心して読んでください。
一つ目は
考えに考え抜かれた珠玉のトリックが中心の作品
この作品群は、読み応えがあるのはもちろん、トリックの多彩さから、アーサー・コナン・ドイルの推理小説作家としてのスキルの高さを存分に堪能できます。
二つ目は
トリックなどほとんどない、ただ事件を淡々と語るだけの作品
当然謎は存在し、若干のサプライズが用意されているものの、物語の核は、いわゆるストーリーの【筋】で、その筋に作者の類いまれなる想像力で肉付けされたのがこれらの作品群です。
三つ目は
事件自体の不可思議さにフォーカスした作品
一見、論理的に説明の出来ない不自然な事件に対し、超人的な頭脳で真相をつきとめるホームズ、というのが主な流れです。これらの作品は【謎】ありきで物語が展開するため、一度でも謎の正体に気付いてしまえば、作品の面白みが半減する…と思いきや、まず謎の真相を見極められません。ホームズの卓越した発想力に驚かされる作品群です。
そして最後が
謎が持つ魅力は十分なのに、解決がテキトーな作品
『解決がテキトー』とはやや言い過ぎかもしれませんが、少なくとも一定の納得や満足感というものが得難い作品には違いありません。
四つのジャンルが出そろったところで、短編がどのジャンルに分類されるか割合を計算してみたいと思います。
※ジャンル分けと以下のデータは、私の独断と偏見で作成したものです。予めご了承下さい。
新潮文庫版『叡智』に収録の8作を除く全48作を対象
①トリック中心 25%
②ただの事件 25%
③事件の謎中心 42%
④解決がテキトー 8%
④が多くないというのは、もちろん想定内なのですが、思った以上に事件自体の謎を強調させた作品が多いのには驚きました。またこれらの作品では、小道具の用い方も巧く、事件の謎を奥深くさらに不可思議なものにするのに大いに貢献しています。
ここで再び本作『事件簿』に戻ってみて、あらためて四つのジャンルに分類してみると、従来とは比率が変わっており、なかなか面白い結果となりました。さてどんな比率かは是非読んで確かめていただきたいところではあるのですが、とりあえずおすすめの作品を四つ挙げておきます。それぞれの作品の持つ良さを感じ取ってもらえれば幸いです。
まずは『サセックスの吸血鬼』
吸血鬼という怪奇をテーマにしているかと思いきや、全体には計算された緻密なミステリの雰囲気が漂っている不思議な作品です。
続いては『高名な依頼人』
物語自体はざっくりした展開で進むが、発起と帰結が心地よく迎えられ読後感が良いのが特徴。
次は『三破風館』
謎めいた事件ながら、出てくる悪党はどれも小物です。しかし、ホームズが辿りつく真実からは、一種の絶対悪というか、人間のどす黒い部分が垣間見えてなりません。
最後が『ライオンのたてがみ』
読み終えて「ふふーん」と息を吐く読者も多いだろう評価の難しい一作ですが、読み返してみると作品の魅力が浮かび上がります。不可思議な事件とその舞台・複雑な人間関係・特異な手がかり、と推理小説を盛り上げる要素は十分。何度も読めば(読むかは別ですが)、結末の説得力を感じざるを得ない作品です。
最後に
ホームズ作品は、様々な背景を持った唯一無二の登場人物たちが紡ぐ人生を端に発するミステリだと思っています。どの作品にビビッとくるかは、やはり一人ひとり全く違う人生を歩んでいる読者次第で、だからこそホームズシリーズは世界中で長く愛されているのかもしれません。
では!