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笑いをミスディレクションに活かした稀有なミステリ【感想】ー『盲目の理髪師』ジョン・ディクスン・カー

 

盲目の理髪師【新版】 (創元推理文庫)

盲目の理髪師【新版】 (創元推理文庫)

 

 

 

発表年:1934年

作者:ジョン・ディクスン・カー

シリーズ:ギデオン・フェル博士4


巨匠カーの作品中、もっともファルスの味が濃いとされる

これは本書の裏表紙や中表紙に書かれた紹介文の抜粋です。

実は私自身今一つファルスという意味を掴みきれていないので、少し感想書きの前に調べてみました。Wikipediaでファルスと検索して一番上位に出てくるのが「男根」だったので、同じように戸惑った方も多いと思います。

前述の紹介文に置き換えてみると、ちょっともう卑猥すぎてここでは触れられない内容になりかねないので、ちゃんとした意味を把握しておきましょう。

そもそも英語読みはファース(Farce)らしい。日本語で言うなら笑劇だそうな。これもあまり馴染がありません。

以下は主な特徴をWikipediaからの引用したものです。

  • 現実には起こりそうもない突飛なシチュエーション
  • 変装と人間違い
  • 様々な程度に洗練された言葉によるユーモア。それは性的なほのめかしや言葉遊びを含むかも知れない
  • 早い展開の筋。普通、物語が進むにすれ、どんどん早くなり、エンディング(凝りに凝った追跡シーンを含むことが多い)でその頂点を極める。

 

笑いと扱うとはいえ、漫才やコントとは違うようです。どちらかというと、新喜劇をもっとスピーディな展開にしたものかな?新喜劇とミステリが融合するなんて全然想像がつかないと仰る方も多いかもしれませんが、そんな疑惑は持ったままでいいので是非本作に挑戦してほしいところです。

 

もうひとつ言っておかなければならないのは、本作はファースミステリであると同時に、安楽椅子探偵ものでもあるということ。

物語の大半は、推理小説作家のモーガンが豪華客船クイーン・ヴィクトリア号内で巻き起こった怪事件の体験談です。探偵役のギデオン・フェル博士は、ただ自室で話を聞くだけ。章の合間(しかも中盤!)では、モーガンの体験談から現代に戻り、フェル博士の所見が挿入されており、まるで「読者への挑戦状のようで小気味良いです。

 

物語全編においてドタバタ喜劇がじっくり展開され、メインとなる事件もそれこそ現実には起こりそうにない突飛なシチュエーションで起こるため、リアリティの無さには少し呆れてしまうほどです。

変装と人違いという点では、もともとミステリの相性は良いのでさほど気になりませんでした。

洗練された言葉によるユーモアは、いかんせん言語の違いが大きな壁になって、目に涙を浮かべる程とは到底いきませんが、苦笑いという意味ならば、本作以上に苦笑させられるミステリはありません。なんせ、どんどん加速度を増すドタバタ劇のせい(おかげ)で推理する気すら失せていくのだから性質が悪いです。ここを美点と捉えることができるかどうかが、本作の好みを左右するに違いありません。

 

つまり、真相に気付かせにくくするためのミスディレクションの一つとして機能しているファース要素の是非です。

 

もし読者がそれを良しとするなら、本作は最上級のファースミステリになるでしょう。

 

 

 

 

 

超ネタバレ

《謎探偵の推理過程》

本作の楽しみを全て奪う記述があります。未読の方は、必ず本作を読んでからお読みください。

 

 

 

うーん…全体的にドタバタ要素が多すぎて事件の全容を全く掴めないのだが、とりあえず推理の導入は、大物政治家のスキャンダルを巡る陰謀めいた事件という視点で進んでいこう。

となると犯人は、敵対する政治家の関係者か特ダネを狙う記者といった立場の人間だが、乗客にはそれらしき人物がいない。一番近いのはウォーレンだが、彼はスキャンダルの元になるフィルムを盗まれた被害者であるからして、容疑者からは外しても良い…というのが一つのトリックか。

in → ウォーレン

盗人を捕まえる段取りになって、容疑者を取り違えたり、重傷を負った美女が登場するなど、物語に分岐点が生じてくると、ウォーレン犯人説は萎んでゆく。なんせ被害者の女性が忽然と姿を消してしまったのだから。

ここで仮説は二つ。

(A)美女は怪我をしたフリをしていた

(B)第三者が美女を連れ去って現場を隠ぺいした。

(B)の場合は、少なくともウォーレン、モーガン、ペギー、ヴァルヴィックは容疑者から除外となる。もちろんホィッスラーも除外だ。

 

(A)の場合は、美女は自分で現場を後にしたはずなので、何らかの目的(今のところフィルムの残り半分か)があってウォーレン一行に近づいたはずで、そうなると共犯者の存在も疑われる。

が、実際に登場したのはエメラルドを持ったホィッスラーだけで、フィルムの残り半分は盗まれなかった。

となると真の目的はエメラルドの象か!

 

エメラルドを放棄したペギーも怪しく見えてきた。最後に触ったのは彼女だ。

in → ペギー

ウォーレン一行が盗まれたフィルムだと思って奪ったエメラルドが偽物だった場合はどうだろうか?

美女と組んで、敢えて偽物を盗ませ本物を隠したとすればホィッスラーが怪しい。しかも暴行の被害者になったのだから、嫌疑からは外れる。怪我をしたはずの美女も船長ならばどこかに匿えるだろう。電報だって改竄できるかもしれない。

in → ホィッスラー

精神科医のカイル博士は電報の通り入れ替わっているなら話は別だが、ミスディレクションのように思える。というか電報で怪しい人物の名前言ってくれたらそれで済むのに…

 

 

ドタバタ喜劇は延々と続くように思え、正直推理する気がどんどん滅入ってきた。ホィッスラーで良いような気もするのだが、完全に巻き込まれているだけのような気もする。不運すぎる彼に知的な犯罪ができるだろうか?

しかも死体が見つかっていないのも気になる。さらにダメ押しとも言える、ペギーの叔父フォータンブラの奇行で物語は最高潮にアホらしくなる。

 

フェル博士のヒントも含みが多すぎるように見えて意味が解らない。ここらで諦めるか。

 

容疑者

ホィッスラー&謎の美女

 

対戦結果

惨敗。

フェル博士の手がかりがなんとも的を得ていて驚かされました。ただファース要素の数々でその全てが煙に巻かれて感もあり本当に悔しい。

 

 

では!