僕の猫舎

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死体をどうぞ【感想・雑記】ードロシー・L・セイヤーズ

死体をください。

 

死体をどうぞ (創元推理文庫)

死体をどうぞ (創元推理文庫)

 

 

 

本作はドロシー・L・セイヤーズによって1932年に書かれたピーター・ウィムジィ卿ものの長編推理小説第7作です。

本作の紹介は、この一言で終わります。

空前絶後の水掛け論

 

よくわからないでしょう?

私もです。

それに一言で終わるはずないし、もう多少パニックとしか言いようがありません。

 

もちろん本作はシリーズ一長大な雄編ではあるのですが、600Pを超える長編となった理由は果たして、謎と解決がそれまでにボリューミーだったためか、それともセイヤーズの冴え渡る筆によって本能の赴くまま自然と迸ったものなのか…

 

私は後者だと思います。なんとなく「これでもか!」とほくそ笑みながら書いているセイヤーズの顔が浮かぶようです。

 

本作は嫌というほど作中でおさらいがされるため、あらすじは省略します。

たしかに読み終えてみて、ミステリの中心となったトリックや暗号といった、シリーズでも注目に値する要素は盛りだくさんで、セイヤーズお得意のキャラクターの書き分けも素晴らしく、読んでいて決して飽きさせるような内容ではありません。600P超のボリュームにしては案外すらすらと読むことができました。ただし、決して推理小説入門者向けの一冊ではないでしょう。初心者でシリーズものの7作目から読もうなんて物好きはいないと思うけど…

また「お、これはあの作家をディスってるのかな?」と思わせる文章があったり、価値観を新たにされる描写も随所に見受けられるのですが、如何せん物量が多い…読み終わって楽しかったことは楽しかったのですが、あまり鮮明には思い出せません。これは頭の出来の問題か。

 

肝心の中身について感想を書くとすると、読者・探偵、そして犯人までも翻弄する“偶然の要素”が印象的で、その要素を中心にパズルミステリの側面も感じ取れる点は、シリーズの中でも特色のある1作になっています。

 

少し脇道に逸れるかもしれませんが、冒頭にある、作者のことば、というものをここで紹介しようと思います。

『五匹の赤い鰊』では、実在の地形に合うようプロットが創られました。本書では、地形の方がプロットに合わせて創ってあります。

これ、何気に凄くないですか。

昨年、三冠王取ったけど、今年沢村賞取りました、みたいな。いや違うか。うーん真逆のことをさらっとやってのける凄さみたいなのを感じます。

 

実在の地形に合うようプロットを創る、というのは想像しやすいですね。実地調査をし、登場人物と同じように行動すればよいのです。しかし、プロットに合うよう地形を創造するというのは、何かを一から創造する才能がない私からは、少しイメージができません。それに、このプランで小説を書くとしたら、よっぽど最初のプロットがしっかりしていない限り、地形はもとより登場人物の動きもチグハグなものになってしまうのではないでしょうか。振り返っても、そんなに大きな穴は無かったような気がします(あんまり覚えてないけど)。

かなり強引にですが、想像上の地で行われた複雑なトリックを要する事件を扱った本作のプロットは、その結果だけを見ると、かなり良質のものだと思います。

 

あと、セイヤーズの作品は章立ても魅力的で、今作も全て「○○の証言」という形で統一されています。もちろん“証言”と言うからには、その章の中には貴重な手がかりが隠されているわけで、一つ一つの手がかりを集めてゆけば真相に辿りつくことは言うまでもありません。

確かに最後の一手は最終章で明かされるため、さすがに読者が全ての謎を解明することは難しいですが、伏線はしっかりと張られています。謎解きの良い訓練にもなるのではないでしょうか?

 

振り返ってみると、魅力的な事件の発端、メイントリックの精密性、唯一無二の“偶然の要素”などキャラクター描写に長けたセイヤーズの持つ別の稀有な才能を見せつけられた一作となりました。

 

 

 

では!