謎のクィン氏【感想】アガサ・クリスティ

発表年:1930年

作者:アガサ・クリスティ

シリーズ:クィン氏

 

先に粗あらすじ

70手前のおじいちゃんと、正体不明のクィン氏が織りなす、幻想的でロマンティックな短編集

 


サタースウェイト氏の人柄については、読み進めている内に自然と把握できると思うので詳細は省略しますが、冒頭で挙げた国内の同年齢の著名人たちと比べてみると、如何に作中では人生の脇役と称されるサタースウェイト氏が特異なキャラクターかわかります。

 

サタースウェイト氏の持つ人間に対する観察力は、アガサ・クリスティの創造した探偵たちがもつ特徴によく似ています。

しかしそれは、新鮮味のない二番煎じではありません。

彼が持つ特別な能力は、クィン氏の言葉を借りるなら

ほかのひとには見えないものを〜見える

力です。この力は、長年“他人の人生”という名のドラマを鑑賞する、プロの観客としての経験から発現した才能です。

 

一方、クィン氏の役割は、サタースウェイト氏を事件に導き、話を聞くことで事件を整理させ、他の人に見えないものに気付かせることで、愛ゆえに生じる数々の事件を解決に導いてゆくのですが、その結末はどれも多彩で読みごたえがあります。

まるで本格ミステリのように快刀乱麻を断つ如く鮮やかに事件を解決する時もあれば(「空のしるし」「ヘレンの顔」)、時には心温まるエンディングを迎え(「海から来た男」)、またある時には人生の残酷さ悲痛さを心に突き刺すような厳しい結末に辿りつきます(「道化師の小径」)。

またアメリカの某有名作家が書いたあの作品を彷彿とさせる短編もあり、そのバリエーションの多さには舌を巻くでしょう。

 

しかし、ただ豊富なだけではありません。本作の珠玉の短編たちはどれも人間ドラマの集大成であり、人生というのは一つとして同じものは無いこと、だからこそ面白く、定められた運命に必死に抗って生きる喜びがあることを改めて教えてくれます。

 

もう一つ書いておかなかければならないのは、『謎のクィン氏』の正体です。

これは作中でも明らかにされていないのだからネタバレにはならないと思いますが、まず人なのか人外の存在なのか、だけでも議論は尽きないでしょう。

たしかに、本作第1話「クィン氏登場」ではありきたりな方法で登場したものの、以降いつも絶妙なタイミングでサタースウェイト氏と遭遇し、崖に向かって歩きながら「来た道を引き返します」と言ったり、魔法のように目の前から一瞬で消えてみせたり、と常識では考えられない演出方法で度々サタースウェイト氏の前に登場しまた去ってくクィン氏。

サタースウェイト氏自身、降霊術や幽霊に懐疑的な姿勢ではありますが、クィン氏には不思議な感覚を抱く程度です。最終的な判断はやはり読者にまかせられていると言っていいでしょう。

 

ハーレクインの名のとおり、善悪や生産と破壊といった二面性を持つトリックスター要素を持つただのキャラクターか、心を持ち愛を覚えた死神なのか、それともただの奇術師か…

 

クリスティが何をイメージしてクィン氏を創りだしたのかは、たしかに自伝を読めば、想像に難くありません。

しかし、本作で紹介される全ての短編が、リアリティある人間ドラマであると認められる限り、クィン氏もただの空想上のキャラクターだとは認めたくはありません。

サタースウェイト氏、クィン氏ともに、推理小説界に「実在した」立派な名探偵だと思います。

 

では!