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チムニーズ館の秘密【感想・雑記】ーアガサ・クリスティ

 

チムニーズ館の秘密 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

チムニーズ館の秘密 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

ハウス食品のまぜてマジックという調味料をみなさんご存知でしょうか?

マヨネーズと和えればタルタルソース、ごま油を加えればネギ塩ダレ、ケチャップを入れればピザソース、という具合に、家庭に絶対あるオーソドックスな調味料と混ぜるだけで、あらゆる種類のソースが作れる、まさに魔法の調味料です。

 

なんの話だとお思いかもしれませんが、本作『チムニーズ館の秘密』こそ、そんなアガサ・クリスティという魔法の調味料に種々の基本的な調味料を注ぎ込んだハイクオリティ万能ダレに仕上がっています。

 

本作は1925年に発表された5番目の長編小説です。架空の国家ヘルツォスロバキアの王位継承問題・石油の利権をめぐる国家の対立・政治問題・殺人事件・隠された宝・歴史的大泥棒の登場など、様々なエッセンスをふんだんに盛り込んだ推理小説の様相を呈していますが、トリックや動機については大味で意外性に乏しく、冒険小説としても推理小説としても、どちらかに期待しすぎるのは禁物です。

 

しかし物語全体を通してみると、良くまとまっている作品で、由緒あるチムニーズ館を中心に、そこに滞在する人々の生き生きとして色彩豊かな人間描写や、魅力的な登場人物たちが織りなす人間模様が読者の心を揺さぶり、どんどんページを捲る指を加速させます。

 

 

上記では、トリックが意外性に乏しく大味だと評しましたが、それは一つの作品に一つの真相ならば、と仮定した場合の話です。

 

本作品では冒頭でも述べたとおり、様々な事件が引き起こされ、その真相は問題の数だけ用意されてあります。読者は殺人犯の影だけを追っても、真相に辿りつくことはできず、また他の問題を注視するがゆえに真相から遠ざかってしまうでしょう。そういった観点からも、本作はクリスティの初期の作品ながら、後年の傑作たちと遜色ない、見事なプロットで書き上げられていると言えます。

 

 

そして本作は、ロンドン警視庁警視バトルの初登場作品でもあります。しかし作中では、あくまで脇役に徹し、主人公アンソニーを優しく見守りながら、物語の進展を補佐する立ち回りを演じます。ポワロにもマープルにもない、独特の雰囲気を醸し出す彼は、気づかれず対象に近づくことができ、また完璧なポーカーフェイスで自身の内奥を探られることはありません。自滅を期待して好き放題させておく、と堂々と作戦を言ってのける豪胆さも併せ持ち、今作を読んだだけで、今後のバトル警視のミステリー作品が待ち遠しくなることは間違いないでしょう。

 

 

魔法の調味料のくだりは、忘れてください。

 

 

 

 

では!